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短篇

「フィルツさん」

あたたかな手を、握り返す。

「フィルツさんの、お世話になります」

彼は力強く頷いただけだったけれど、それだけでとても頼もしかった。


決めてもすぐに移動という事にはならなかった。
家族の事で何度か警察に行かなければならなかったし、そちらが一段落するまではブロスフェルトさんのところに居た方が安全だからだ。
ブロスフェルトさんの信用もあって、警察でもそうする事をすすめられたのだ。

その間も、フィルツさんは頻繁に来てくれた。
ただ一つ違ったのは、彼が夜中だけじゃなくて昼間にも来てくれるようになった事だ。

服を着替えて、帽子をかぶる。
壁に頼らず、一人で外まで歩いて行けるようになった。
その姿が見えると笑みが浮かぶ。

「外で待たなくていいって言ったのに」

昼の会える時に来てくれると知ったら嬉しくて、待たずにいられなかったのだ。
帽子をかぶってるところを見てほしかったし、歩けるようになったのも見てほしくて前回も外に出ていたら、「そんな薄着で」と叱られた。

「それでも、待ちたかったんです」

それも嬉しい時間なんだから。

「そんな君にプレゼントだ」

ふわり、と。
チョコレート色のショールをかけてくれた。


ショールはベッドに居る時もしていたし、寝る時は布団の上にかけて寝た。
フィルツさんが来ない日でも、部屋の窓辺に立って外を見るのが楽しみになった。

「そうやってずっとアイツを待ってる姿を、アイツにも見せてやりたいよ」
「あ、ブロスフェルトさん……」

ぼんやりしていたからか、ノックに気が付かなかった。
フィルツさんの事を言われると恥ずかしくなって、頬が熱くなった。
彼はくすっと笑っただけで、イスをベッドに近付けて座った。
話があるのだと思い、私もベッドに腰かける。
するとブロスフェルトさんは、先日のお手伝いさん達の件を改めて謝ってくれた。

「あの、本当にいいんです。私は」

だって、本当だと思ったから。
図々しい、邪魔者だと。
けれどブロスフェルトさんは首を振って、いいや。と、それを否定した。

「君にこういう話をしていいか迷ったけど、僕は僕の責任を果たそうと思う」

こくりと頷いて、じっと耳を傾けた。

「彼女達が君をああ言ったのは、恐らく君を妬んだからだ」

意味がよくわからなくて、え?と首を傾げる。

「アイツは愛想は無いけど、真面目でいい奴だ。見た目も悪くないし、医者で独身だろ。だからうちの女性陣に狙われててね」

やっぱり。
はっきりと言葉にして聞くと胸が痛んだ。
しかも一人じゃなくて他の女性にも好意を抱かれてたなんて。

「アイツはそれが嫌でここに来るのを避けてたんだ」

ブロスフェルトさんは面白がるように、ニッと笑って言った。
彼女達がフィルツさん本人ではなく、医者である彼に価値を見出だしてるだけだとわかっていたから。

「それなのに君が来た途端頻繁に通うようになって、悔しかったんだろう」
「でも、私は病人だから……」

フィルツさんはお医者さんだ。
死にかけた患者が居れば、診に来るのは当然だろう。
しかしブロスフェルトさんはまた否定した。

「言ったろう?うちには常勤の医師が居る。後は彼らに任せるんだと思ってたから、アイツが自分が診るって言った時はびっくりしたよ」

せめて医務室のベッドに居た方が、と言われても聞き入れず、客室で彼一人が診る事になった。

「何で……」
「さぁね。それは本人から聞くべきなんじゃないかな」

そう言って、ブロスフェルトさんはウインクをした。
まさか。と疑いながら、その意味に胸が高鳴った。

「うちの者が君に迷惑をかけてしまったから、そんなものは単なる嫉妬だから気にしなくていいと伝えたかった」

そして肩をすくめる。

「アイツにはあまり余計な事は言うなって言われてるけど、僕には僕の責任があるから、仕方ない」

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あきゅろす。
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