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短篇

「あの、あの……どうぞ」
「おじゃまします」

落ち着きなく両手の指を絡めて動かし、おどおどしながら招き入れる。
それに比べて目の前の人は、普段から振る舞いが優雅だ。
微笑みに見惚れて、そのままうっとりと見続けてしまいそうになる。
だって、彼は有名な俳優だから。
自分はそれに憧れた、ただのファンなのだ。
そんな人に紅茶を出してるなんて現実とは思えない。

「あの、どうして、日本に居る、ん…ですか……?」
「僕はよく日本に居るよ。仕事じゃなくても、もうひとつの故郷だからね」

それが、信じられない。
日本の血が入ってるとはいうけれど、見た目は完全に外国の人で、イギリス生まれの世界的な俳優なのだ。
だけど日本語を喋っていて、こうして日本人とにこやかにお茶を飲んでいる。

「エリス……さん、って……」
「いいよ、エリスで。みこにはエリスって呼んでほしい」
「……エリス。どうして、私に、会いに来て、くれたの?」

名前を呼ぶと、笑みが嬉しそうに輝いて深くなる。
名前を呼ばれて嬉しいのはこちらの方なのに。

「お母さまの手紙で君のことを知った。僕を生きる希望にしてくれてる、って」

頷いて肯定する。

「調べたら、すぐにたくさん君の画像が出てきたよ。ティーンの時代のがたくさんだったけど、次に最近のニュースのが多かった」

胸に嫌な痛みがはしる。

「君はとってもかわいくて、輝いてた。あんな身勝手でくだらない理由でキャリアのジャマをされ、すてきな笑顔が奪われたかと思うと悔しい。残念だよ」
「私は、別に……。たいしたことありませんでしたから」

彼は仲間意識を持って同情を覚えてくれたかもしれないが、それほどのものではない。

「そういう言い方はよくない。みこは魅力的な女優だった。演技だけじゃなくて歌も。君には才能があった」

彼にそう言ってもらえただけで、報われた気がする。
芸能の仕事を経験してよかった。
彼に出会えて、言葉をもらえたのだ。
安堵と嬉しさで涙が滲む。
無名の女優だった自分に目をとめて、手をさしのべてくれるエリス・エンジェルを好きでよかった。

「あなたは本当のエンジェルみたい」

泣きそうになりながら笑うと、大きく首を振って否定する。

「僕には君がエンジェルだ、みこ。かわいいよ」

みるみる顔が熱くなる。
どうして平気でそういうことを言えるのか。
やっぱり外国の人だから?
リップサービスだと思うのに、やっぱり真に受けて恥ずかしくなる。
それくらい、許されるだろう。今は。
彼はきっと、自分だけに演じてくれているのだ。
その贅沢な時間を楽しまなければ。
この状況に酔って、存分に味わっておかなければ。
もう二度とチャンスは無いのだから。

「ねぇ。みこは、どうしてお芝居をしようと思ったの?」
「私は……。最初、モデルのスカウトをされました。お母さんと、買い物に行ってたの。中学生になったばかりの頃。それで、声をかけられて……」
「みこがかわいくて輝いてたんだね」

相づちが恥ずかしい。

「小中学生向けの雑誌のモデルを始めました。その雑誌の表紙になるような子は、有名な女優さんになってる子が多いからがんばってって、事務所の人に言われて。だから私も、いずれ女優さんになるんだって自然と思うようになって」
「ほらほら。魅力があるからステップアップできたんじゃない。かわいいみこは表紙になって、女優になった」
「だけど先輩たちは、女優のお仕事で名前が売れて、全国区になってから雑誌を卒業していきました。私はその前に、年齢で卒業したんです。だから、出世って言えない……」

指を振って、それは違うとなおも彼は否定する。

「売れ方じゃない。結果も大事だけど、経験はもっと大事だ。どんな人と出会って、何を学び、吸収するか。そこの努力で結果は変えられる。ここに来る前に、みこが居た事務所に寄ったよ。たくさんの資料を見せてもらった。舞台の劇評もね。何人かに話を聞いた。それで“僕が”みこは魅力的な女優だと判断した」

ひとつひとつに頷きながら聞いて、納得させられていく。

「僕が君をなぐさめるために都合のいい嘘をつくと思う?そのためだけに、気を使って僕が上辺だけの調子のいいことを言ってると思う?」

今度はひとつひとつに首を振る。

「ね?あのままキャリアを積んでいたら、君は大きな役者になれた。僕だけじゃなくて、君のかつての仕事仲間だってそう思ってる。君を追い詰めると思って、すぐには言えなかっただけなんだよ。だから君を簡単に諦めたわけじゃない。見捨てたんじゃないんだよ。わかるね?彼らは君を商品として扱ったんじゃなく、ちゃんと人間として尊重した。最後までちゃんと守ってくれただろ?違う?」

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