短篇
2
悪いことしか考えられない。
母の友達だなんて嘘をついて侵入しようとしてる。
紹介だって言ったけど、そんなこと母がするわけない。
そんな。こんな、恐ろしいことを。
「みこ?」
名前を知ってるのは“あの人”が教えたからじゃないか。
気付かれないように誘きだすために人を雇ったんだ。
いいことが起こる前触れだなんて言ったけど、起こったのは悪いことだ。
「こわがらないで。ドアスコープを覗くのがこわいなら、僕の声に耳を澄まして」
ドアスコープを覗けない。
“あの人”が居たらこわい。
「みこ。そこに居る?」
首を絞められたかのように、声が出ない。
「ここで名乗っても構わないんだけど、いや、僕は本当はそうすべきだと思ったんだけど、お母さまが今日はみこの具合がよさそうだって言うから。せっかくだから、この壁を乗り越えて、みこに自信を取り戻してほしい」
今日の体調のことを言った。
それは母しか知らないことだ。
ここに戻ってくる時に盗聴機がないかすべて調べてもらったから、母から聞く他に知る術はない。
自信を取り戻すために、母が計画したというのか。
「みこ。サプライズは失敗だけど、きっと楽しいプレゼントになると思う」
サプライズ。
母が考えていたサプライズはプレゼントじゃなく、試練だったのだ。
ひとまず“あの人”とは関係なさそうだとわかっただけでも少しは安心できた。
「……ぁ、あなた、だれ……?」
ほぅっと、安堵の息と共に名を呼ばれる。
「みこ。チェーンはしてるね?それでいいから、ほんの少しドアを開けてごらん」
「いや。だれなの。だれ?」
「ほら、がんばって。みこ。すぐにわかるよ。僕はお母さまからみこへのプレゼントだって」
ドアスコープを覗いてみようか。
「でっ、できない…っ。見れない…!」
「みこ。落ち着いて。だいじょうぶだよ。焦らなくていい。僕は待ってる」
「おちついて……だいじょうぶ」
繰り返して言い聞かせて、このドアの向こうに待ってるのは母からのプレゼントだと意識する。
なにもこわいものなんて居ない。
「お母さんの、プレゼント?」
「そう。みこが笑ってくれるって信じてる」
こわくない。
ただの試練。
やれる。
「ね、ねぇ。ドアから、少し、離れてて?」
「うん、わかった。はい。離れたよ?手をのばしても届かないくらいの距離だ」
彼は、知ってる。
知ってるんだ。
何を恐れてるのかを知っている。
震える手でチェーンを外す。
「みこ。平気?チェーンしてた方が安心じゃないのかな。いきなり開けられる?」
「やる。開ける。だいじょうぶ。平気」
ほら。心配してくれるような人だ。
開けたって安全。
声だって、とても優しそうだもの。
何もこわいことをする人じゃない。
ゆっくりノブをまわして、そろっと隙間から外をうかがう。
靴先の位置が本当に少し離れたところにある。
ホッとして、そこからゆっくりと視線を上げることができた。
体にフィットした高そうなスーツ。
それを着こなす引き締まったスタイルは、スーツの広告の外人モデルを彷彿とさせる。
手には濃い桃色の花束。
目を合わせるには、ずいぶんあごを上げなければならなかった。
薄い茶色の目と視線がぶつかる。
「こんにちは。みこ」
どうして彼がこの家の前に立ち、自分の名前を呼んでいるのか。
サプライズ過ぎて、反応できない。
「僕が誰だかわかる?」
当然。
こくりと、ひとつ頷く。
すると彼は笑みを濃くして、はじめましてと挨拶した。
「どう、して……なんで……」
「みこに会いに来ました。お母さまの招待で。ねぇ、みこ。君の目はチャーミングだけど、よかったらそれ以外も見せてくれない?」
「あ……」
開けようとして、気付く。
「あぁ、やだ。メイクしてない…っ」
出掛ける予定が無かったし、人と会う予定も無かったからメイクをしてない。
こんなことになるならどうしてメイクをするように言わなかったのかと母をうらめしく思うが、サプライズだったのだから仕方ない。
「メイクしてなくたって、みこはかわいいよ。ほら。そのかわいい顔を僕に見せて」
ドアを開けさせるための説得で、丸め込もうとして言ってるんじゃないとわかるのは、言葉がなげやりじゃないから。
どころか、甘く囁くような声色をしてるから。
そして目を奪われる素敵な微笑み。
それにまんまと誘われて、疑うことも忘れドアを大きく開いた。
「あぁ、やっとみこの顔が見られた。ほぅら、かわいい。素敵だよ。みこに会いたかった」
照れつつもどうしてそこまで褒めてくれるのだろうと戸惑いながら、渡された花束のお礼を言う。
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