短篇
19
まどろみの中に届くバイブ音と、ツバキと呼ぶ声。
「ん……やだぁ……」
まだ寝ていたくて、いやいやと首を振って抗う。
笑みを含んだ声が重ねて呼ぶ。
「ツバキ。僕もまだ寝かせてあげたいんだけど、さっきからずっと君の携帯が鳴りっぱなしでね。大事な用だったら……と思ったんだけど。いいの?」
「でんわ……?」
起きだした脳が動きはじめて、寝惚けながら発していたのが日本語だったと認識する。
「あ、電話……、はい」
目を擦ってから、両手をのばして上体を起こす。
「おはよう、ツバキ」
「おはようございます」
ぶるぶる震え続けている携帯は、おはようのキスを贈られてから渡された。
「日本の友人でした」
何だろう?と日本語で独り言ちる。
もしもし。と話し始めるなり、きゃあきゃあとテンションが高い声が寝起きの頭に響いてくる。
「あー!やっと出たー!ねぇねぇ聞いてよ!今、夕方のニュースでさぁ!芸能コーナーがやってたの。最近日本のモデルがハリウッド俳優と付き合ってるってニュースが出てさぁ!」
わざわざかけてきて何を話してるのかと首を傾げるが、それが何なの?と苛立つことはない。
戸惑ったまま、彼女の話したい内容がひとまず終わるまで待ってみる。
「もーう、めっちゃくちゃ盛り上がってるわけぇ。世界の大スターが日本人の無名なモデルとだよ!?もう賛否両論じゃないけどさぁ、日本人としては誇らしいけど、売名じゃん!とか批判もあるのよ〜。そんで今はだいたいそんな夢のようなシンデレラストーリーを妄想したり、羨んでひがんだりしてガールズトークが盛り上がるってのばっかりなの!」
そうなの……と相づちを打ちながら、どこかで自分達を重ねていた。
やはり相手が世界的に有名だと、釣り合わないパートナーに対して批判的な意見が噴出するのだ。
「そりゃあ私たち一般人よりはさぁ、モデルやってるんだからキレイじゃん?わかってるよ。わかってるんだけどぉ、それならウチらにだってチャンスあったんじゃ!?とか、要らぬ夢を見ちゃうわけよ!だって日本人だったんだよ?ハリウッドのイケメン俳優の相手が!それがちょっと悔しくなるとこなんだと思うの!」
「そんなもんなの?」
「あー、うん。そうね。あんたはわかんないか。そういうの興味ないもんね。イケメンとか、芸能ニュースとか」
書道のことしか頭に無いもんね。と、あきれた声。
それには苦笑するしかない。
「それでね?海外セレブと付き合ってる日本人が他にも居る!みたいな特集だったのよ、今。もうびっくりだよー!なんで言ってくんなかったの!全然恋愛に興味ないみたいな感じだったじゃーん」
「え?」
「え、じゃないってー。すんごい金持ちなんでしょ、彼氏。やっぱさぁ、無欲の勝利なのかなー?すごいよねー、資産とか半端じゃないじゃん」
すごい人をつかまえてよかったねと言われても、祝福されているように聞こえない。
「私は彼の肩書きとか、財産とか、そういうことで好きになったんじゃないんだよ……?」
「うん、だいじょーぶ!わかってるから。あんたはそーゆーとこで計算高くなれないって。素直に好きになった人が、たまたまその人だったんでしょ。ラッキーじゃん」
彼と出会えたのは運がよかったと思う。
けれどそれは彼が有名で、お金を持っている人だったからではない。
「彼はね……彼は、私を理解してくれるの。すごく、優しい。だからとっても安心できる」
わかってくれなくてもいい。
でも、これは確かな真実だ。
感情が高ぶってくると声が揺らぐ。
「出会えてよかったって思う。でも、そういうことじゃないの。私……、うまく言えないけど……」
うん。うん。と、真剣に耳を傾けてくれているのが嬉しい。
「彼と一緒に生きていきたい。たったひとつの愛に出会えたことを、感謝してる」
視界が熱く滲む。
けれど泣くのはぐっと堪えた。
「いーなぁ。幸せなんだ」
よかったじゃん。というその一言が、何よりも嬉しい祝福の言葉だった。
電話を切って大きくひとつ吐き出した息が震える。
「大丈夫?」
大きくてあたたかな手が優しく頬を撫でる。
内容がわからなくても、ジュリオはいつも日本語を話すのを興味深げに聞いて観察している。
「あなたとのことを知ったみたい。だから、私があなたを心から愛してるって知ってほしかったの。友達だから」
祝福してくれて嬉しかったと言うと、微笑んだジュリオがキスを落とした。
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