短篇
18
ゆったり過ごす夜の時間ならばこういうことは遠慮したいと、椿はジュリオの片膝の上で申し訳なく思った。
ジュリオがくつろげないだろうと一度断ったのに、これが僕を癒してくれるんだと言われれば反論できなかった。
しっかりと腰を抱かれて落ちる心配はないが、不安定を口実に甘えてしなだれかかる。
ふと、たわむれに。
「どうしてツバキにこれまで恋人ができなかったの?僕には理解できない」
冗談で言っているのはわかるのだけれど、それに返すうまい言葉がみつからない。
だから真面目に答えることになる。
「友人によれば私は鈍感だそうで。頭の中に書道のことしかないから、アプローチをされていても頑なに関心を示さないみたいです。友人いわく、これまで何人も挑戦者が現れたけど全然相手にされずに敗北したって」
ジュリオはあえなく敗退していった挑戦者達に同情を示し、そして自分が唯一の勝者であることを喜んだ。
「本当かどうか。私にはわかりません。あの人がアプローチしてくれてたのにと言われても、私の印象に残っているのは不快感を抱いた人だったりして……。そんな自分がすごく性格が悪いなって嫌になって、結局友人の紹介を断るようにしました」
「君が悪いんじゃない。アプローチの仕方を知らない男達がいけないんだ。悪い印象しか与えられないのも、押しが弱くて印象にすら残らないのも。何より君の目にとまるような魅力的な男が居なかったってことだろ?僕みたいな、ね」
励まされ、そして最後にくすりと笑わされる。
そしてやはり、軽口をたたくなんて芸当は無理。
「そうですね。本当に。今振り返っても不思議です。カフェで突然知らない人に話しかけられて同席までしたのはびっくりしたけど、迷惑だとか不快に思うなんてことがなかった。むしろ話してみて……楽しかったとか、充実感が残りました。あなたはきっと、特別だったんです」
額にちゅっと、キスが降る。
「私は本当に書道ばかりで、それを中心に生きてきました。それが、ちょっと……人とずれてるって、変わり者扱いされることもあります。だから沢山失望もされてきた。だから。だから……。あなたにも、そうならないように……」
成長したい。
そのために、努力したいと思った。
変わらなければと。
「あなたは、特別だから」
「ツバキ。よぅく覚えていて。僕にとっても君は特別なんだ。何にもかえがたいから特別って言うんだよ。君を失うことは僕には考えられない。僕は君を手放せないんだ。だから、僕が君から離れてしまうかもなんてありえないことで不安になるのはバカげてる」
「はい……はい……」
どれほど彼に愛されているか知っているつもりだったけれど、今日一日で改めて知ることができた。
どれほど彼が自分を愛し、求めてくれているのかを。
「ジュリオ」
だから、せめて。
自分にできる精一杯。
しがみついて、猫のように首筋にすり寄って顔を埋める。
精一杯の愛情表現。
「僕の愛しいツバキ。君に永遠の愛を約束する。僕は君のものだ。君が僕のものであるように」
何度も、一言一言に頷く。
と、急に抱き上げられてひゃあっと軽く悲鳴をもらす。
何処に行くの?と聞けないくらい緊張しているのは、優しくほがらかないつものジュリオから笑みが消え、震えるような色気が放たれているからだ。
「ツバキは僕のお姫様だから、ベッドもふさわしいものにしたんだ」
きょろきょろせず、おとなしく広い肩に頭を乗せて運ばれた寝室で見たのは、天蓋付きの巨大なベッド。
「お姫様ベッド…!」
思わず口にしたそれを聞くと、ジュリオはふっと笑った。
「どう?君の好みは把握しているつもりだけど。気に入ってくれた?」
「とっても。とっても、すてき。本当に、童話の世界に居るみたい」
ふんわりとしたベッドに下ろされ、キスが贈られる。
夢のような幸福感。
「ジュリオ……。あなたの沢山の愛を感じます。物とか、形じゃない。そこから伝わるあなたの愛が、なにもよりも嬉しい…っ」
泣きそうに揺らぐ声をしぼる。
そして静やかに始まる啜り泣きがキスにのまれた。
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