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短篇

ブロスフェルトさんは慰めてくれて、皆にも誤解が無いように言ってくれると言ったけど、申し訳なくて気分は晴れなかった。
フィルツさんへのお手紙も、何を書いていいかわからなくて結局書けなかった。

フィルツさんが持ってきてくれるお菓子の缶や箱は綺麗なのが多くて、貰った記念に嬉しくてついつい取っておいてしまう。
それを並べて眺めてると、とても幸せな気持ちになった。

「『あんな物、大事に取っておくほど珍しくもない』と呆れてみせてたけど、あれは絶対喜んでたね」
と、ブロスフェルトさんは笑いながら言った。
そして私が実は貼ってある付箋を全部とってある事を明かすと、ブロスフェルトさんはますます声をあげて笑った。

「あっはっはっ!それはいい!あいつも絶対喜ぶ。照れ隠しにムスッとしてみせるだろうけどね」

ブロスフェルトさんは、フィルツさんの、そんな“ひねくれた”反応を見て遊ぶのが楽しいらしい。

『キャンディーです。食べてください。 フィルツ』

フィナンシェをくれた時も、マドレーヌをくれた時も同じ文章だった。
簡素なメモ。
それでもとても嬉しかった。

『童話集です。差し上げます。 フィルツ』

だってそこにはいつも、優しさがあると思うから。

『歩けるようになったら要るでしょう。日差しを避けられるように、つばの広いものにしました。 フィルツ』

帽子とそのメモがあった時は驚いた。
そして次はどんな贈り物を、言葉をくれるのかと増長してしまったのだ。


ゆるやかに意識が浮上する。

目覚めはいつも恐怖だった。
酷い現実が待つだけの世界に戻りたくなくて、もうちょっと。もうちょっと。と、いつも夢にしがみついた。

ひくん、としゃくりあげるのに気付いて、ますます悲しくなった。
私は夢の中でさえ、幸せにはなれないの?

溢れる涙を拭おうとして、左手があたたかなものに包まれていると初めて気がついた。
母でさえ、こんな事はしてくれなかった。
泣きながら目を覚ました。

「フィルツさん…!」

その手が誰のものかまで頭が回ってなかった。
顔を見たらもっと泣けた。

貰った帽子をかぶりたかったの。
それをお手紙に書いて伝えたかったの。
私は何処でも邪魔者でしかなくて、恩人のフィルツさんやブロスフェルトさんにまで迷惑をかけてしまった。

フィルツさんはずっと黙ってたけど、私が泣き止むまでずっと手を握ってくれた。

ひたすら泣いて落ち着くと、彼は手を強く握りしめて言った。

「俺のとこに来るか」

それがどんな意味か、飲み込むのに時間が要った。

「あ、いや。その、つまり、俺の家ってことだが……。ここみたいに手伝いの者はいないが、診療所が近いし」

ブロスフェルトさんから話を聞いて、考えてくれたのだろう。

「俺は一人だから他に気を使わなくていい。男の家に住むのが気になるなら診療所でもいい。どっちでもこれまで通り金を要求する気はない」

正直に、嬉しい。
けれど迷いもある。
彼の迷惑にはなりたくない。

「嫌か?」
「嫌じゃ…!嫌じゃ、ありません。けど……」

彼は言葉を尽くして、不安を拭おうとしてくれた。

「遠慮するな。俺が好きでやってる事だ。そもそも俺がここに運んだんだ。どっちにしろ落ち着いたら診療所に移すつもりだった」

ブロスフェルトさんも約束通り危険が無いように守ってくれるそうだ。
身内の失態に責任を感じていて、今までと変わりなく助けるつもりだ、と。
本当にありがたい申し出で、申し訳ないくらいだと言うと、フィルツさんは「それがあいつのケジメなんだ」と教えてくれた。

「彼は、本当に紳士なんですね」

言うとフィルツさんはムッとして、俺は?というようにじろりと見た。
それが可笑しくて思わず吹き出してしまった。

フィルツさんは、決まってる。

「お医者さん」

けれどフィルツさんは納得いかないような顔をしていた。
彼と話していたらいつの間にか笑みが戻り、迷いは晴れていた。

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