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短篇
17
涙でぐしゃぐしゃになった顔を優しく拭ってくれながら、穏やかな声が寄り添う。

「わかった。間違いだったんだね?僕達はこれまで通りだ。そうだろう?」
「私一度も、そんなこと考えなかった。誤解なの。会話がうまくいかなかっただけ。また失敗しちゃって……」

別れを一度でも考えたと思われたくなくて必死になる。
自分がこんなに悲しいのだから、彼にもそれを味わってほしくなくて。

「でも、そのことをあなたに言えなかった。あなたのパートナーとして失格だって言われて私、反論できなかったから……」

だけどひそかに努力することを誓った。
それでもジュリオと一緒に居たいと思うから。
必死に訴えるとジュリオは、額や目元に頬、唇にと沢山のキスを降らせる。

「そうか……。君とちゃんと話すべきだったね。僕もあのノートを使うべきだった。そして君の、君だけの真実の言葉を信じるべきだったんだ。君を疑ったわけじゃない。けど、僕に疲れて離れたくなるのもあり得るかと……ごめん」

女性スタッフには厳しいことを言われたが、それらの指摘はすべて正しかった。
彼の仕事仲間にも迷惑をかけない、安心して認められるようなパートナーになれれば、彼自身の信頼もより強くなっていけるのだろう。

「私、努力します。あなたに相応しいように、成長したいんです。あなたを裏切りたくないから」
「君だけじゃない、ツバキ。僕も努力しよう。君を泣かせないように。君を守る王子様は僕なんだから、ね?」

お城の前で誓いあうと、本当に童話の世界に入り込んだ気分になる。
長いキスのあと、彼はこの庭に椿を咲かせたいと言った。
それはとっても素敵なことだと、椿も思った。


滞在の間に世話になる家政婦への挨拶を済ませたあとで探検しようと言いだしたジュリオは、悪戯好きな子供のような顔をしていた。
つられて椿まで楽しくなって、二人で笑いながら城内を見てまわった。

「クイズ。何処から何処までが所有地(うち)だ?」
「…………は?どこ……って……」

バルコニーから庭を眺めている時に不意に言われた言葉の意味をのみこめない。
今のは冗談じゃないかと顔色をうかがうも、答えを求められているようだと察すると動揺が滲む。

「庭まで……じゃないの?」
「うん、庭“も”そう。それから?」

まだあるの!?と驚愕が思わず口をついて出た。
森と畑もあるとヒントをくれたが、森も畑も何処まででも広がっている。
何処から何処までなんて見当がつかない。

「迷っちゃうくらいある?」

庶民的な感覚からひねり出した発想は彼にとってみれば幼稚で可笑しかったらしい。
くすくす笑いながら、背中から抱き締めて首筋にキスをする。

「そうだね、迷っちゃうくらい。だから一人では散歩しちゃダメだからね」

子供扱いしてる?なんて反発心はわいてこない。
素直に聞き入れてこくこくと頷くだけだ。
ジュリオは屈んで視線を合わせると、だいたいここら辺だったと思う。と、指で景色をたどって示す。

「じゃあ、あの湖も?」

敷地内の森の狭間に、輝く水面が見える。
森の中に湖がある景色が神秘的にうつって、心ひかれた。
だからあとで行ってみようというお誘いに声を弾ませた。

「金の斧銀の斧の、斧を落としちゃう泉ってあんなイメージ」

ジュリオは、ツバキは本当に童話が好きだねと笑った。
一緒に居れば擦れ違い、問題も起こるけれど、こうして少しずつ相手を知って、大切な時間を積み重ねていける。
それを幸せだと思えるのは、相手がジュリオであるからだ。

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