短篇
16
「お城……って、買ってもいいの?」
日本だとまず考えられない現実に戸惑いが大きく、その反応をジュリオは可笑しそうに笑う。
「売りに出てるからね」
「あの、お城に、暮らせるってこと?」
生活しやすいように一部リフォームしてあるから暮らしは快適だそうだが、周囲は森林やブドウ畑で町から距離があるし、維持するのも大変らしい。
そんな代物を椿のために買ってしまうなんて。
「いいの?よかったの、ジュリオはそれで」
「どうして?いいに決まってるよ。ツバキがここで僕だけのお姫様になるのが見たかったんだ。君のかわいい夢を叶えたい。童話のお姫様と王子様のように、僕達は“いつまでも幸せに暮らす”んだ。それは僕の願いでもある。だからだ」
高価なプレゼントは要らない。
それで何が満たされるわけじゃない。
だけど彼の気持ちがそこにあるって伝わるから、それが何よりも嬉しい。
だから、ありがとうも心から言うことができる。
「よかった」
やはり椿が受け入れてくれるか不安があったのか、ジュリオは椿を抱き締めて独り言ちた。
そして次の問い掛けは。
「ツバキは僕のものだ。ツバキ、そうだろう?」
力強い口調と真剣な眼差しが深刻さを物語る。
それだけに、どうしてそんな質問をするのだろう?と、胸の中にぐるぐると不安な疑問が渦巻いた。
わざわざ言質をとるかのように確認しなくても、彼の気持ちを受け入れたことを今「よかった」と安堵したはずなのに。
そのせいで返事が一瞬遅れた。
それだけなのに、ジュリオは過敏な反応を見せた。
「ツバキ、違うの?君の王子様は僕だ。そうだろう?僕しか居ない。愛してるよ、君のすべてを」
「ジュリオ?あの、ジュリオ……どうし」
「君じゃなきゃ…!僕には君が必要だ。不満があれば言って?不安なことも。僕が解決する。だから僕と、君の夢を叶えよう。僕達ならきっと未来は素敵なものになる。ツバキ。行かないで」
頼む。と、何故引き止められているのか。
「私、いま……ちゃんと……」
これからもずっと一緒に居ると、気持ちが通じ合ったと感じたのに。
今さっきのことだ。
なのに何故こうなるのかわからない。
視界がじわりと熱くなってくるのは混乱のあまりか。彼の心が急激に遠ざかったからか。
「あなたの気持ちが、とっても……」
嬉しいと感じたのに。
なのに、今は遠い。
「やっぱり僕と別れる気なの?」
一言で悟った。
ジュリオはあの人から。あのスタッフの女性から、誤解されたままの話を聞いていたのだ。
違うんだと説明して早急に誤解をときたいのに、彼との間で間違いでも別れの話が出たことが悲しすぎた。
言葉なんて出る余裕はない。
涙が、嗚咽がわっと爆発する。
顔を覆ってわあわあ叫ぶように泣く。
全身から力が抜けて、立っていられない。
座り込んでしまうと気遣わしげに手が差しのべられるのに、言葉は刃だ。
「ごめん。どうして?そんなに僕との生活がつらかった?僕がきらめく世界へと君を連れていくんだって、君は言ってくれたじゃないか。住む世界が違うからなんて理由、僕は納得できないよ」
話さなきゃならないのに、巨大な悲しみが阻害する。
その間にもたらされる言葉がつらすぎて聞いていられない。
胸が潰れそうな恐怖で手が出た。
ジュリオの口を塞ごうと。
けれどあっさり手首が捕まって手段を失う。ばかりか。
「もう話し合う余地もないのか……?」
「もうやめて…っ。ジュリオ!聞きたくないぃ」
つらそうに名前を呼ぶ響きさえ。
こんなに心を痛めつける音はない。
「どうして……。どうして、こんな、話をするのぉ…っ?ばかぁ」
自分のことは棚にあげて。
バカは自分だ。
「私バカだから、あなたの足を引っ張るけど……。きっと迷惑かけるって、すごくショックで、情けなかったけど……。でも頑張るって決めたの!ずっと一緒に居るんだもんっ。あなたが好きなんだもん。離れられないんだもん。あ…っ、あいしてるの……」
泣きじゃくって訴えるのを、ジュリオは抱き締めながらじっと耳を傾けてくれていた。
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