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短篇
15
南下する鉄道の窓にはりついて飽きずにいつまでも眺めている様は子供っぽいとわかっているけれど、流れゆく景色が新鮮な感動をもたらして、つい夢中になってしまっている。

「そんなに感動するなら、どうして今まで一度も旅行しようって考えなかったの?」

急に背後から抱き締められて、ぎゅっと体を強張らせる。

「そんな発想にならなかったんです。こんなに感動するとも思わなかったから。……多分、あなたと一緒に居るからです。なにもかもが素敵にうつるのは」
「嬉しいことを言ってくれるね」

お世辞ではない。
心から実感している。
だから、言葉がほぅっと幸せな溜息と共に自然に漏れ出た。

「ジュリオの愛が、私と世界を繋いでくれる。すべては素晴らしいものだと気付かせてくれるの」

抱き締める腕に力がこもり、首筋にちゅっとキスが降る。
照れくさいのとくすぐったいので身をよじると、耳元にくすりと笑う息遣いを感じる。

こんなに大きな存在。貴重な愛。
欠け替えのないものをどうして失うことができようか。
まして自ら身を引くなど。
いくらその方が彼の利益になると理屈でわかっても、そうするべきだと言われても。
もう、この素晴らしい世界を捨てることができない。
白黒の世界にもたらされた、この鮮やかな色を。


鉄道から車に乗りかえて、どこまでも続く並木道を進む。
家々がまばらになり、川幅が次第に広がる。
ジュリオは気にして疲れてない?寝てていいよと言ってくれるけど、椿は笑顔で首を振った。
退屈なはずの時間も楽しめるのは、この長く終わりの見えない道のりが素晴らしい世界への旅路だと知っているから。
シンデレラを導く魔法使いの様に、彼ならばきらめく魔法で夢見る世界へ導いてくれるとわかるから。

明るい内に着けてよかったと聞いた時には、まだ何処に着いたかわからずにいた。
車内から見えるのは大きな池と、四角く切り揃えられた背の低い生け垣。
遠目にではあるが花らしき彩りも見える。
庭園?と聞いても片頬で意地悪に笑うだけで、まだ答えを教えてもらえないようだ。
サプライズを楽しみにしているのはむしろジュリオの方で、椿をエスコートするのも嬉しそうだ。
ジュリオがドアを開けるまで待つのはあらかじめ注意された点だった。

「さぁどうぞ、お姫様。あぁ、馬車じゃないのが残念だ。君は完ぺきなのに」

今日の服からジュリオセレクトで、テーマは『お姫様』だった。
ウェディングドレスの様な純白のワンピース。
立ち襟にはレースが飾られ、胸元は大きなフリル。
デコルテ部分はシースルーだがセクシー過ぎず、全体的には上品な印象だ。

ジュリオの手に導かれ、車を降りて見えた光景は正にテーマ通りだった。
見えていたのは池ではなく堀だったのだと悟る。
鮮やかな庭園の彩りの中にそびえる白壁の城。
とんがり帽子をかぶったような尖塔や三角の屋根は青で、椿がイメージする童話の中のお城そのままが目の前に存在していた。
驚きと感激のあまり口をぽかんと開けたまま、言葉も失い見入ってしまう。
満足そうに微笑むジュリオの顔を見て、ようやく何か言おうとするが言葉にはならなかった。

「気に入ってくれた?」
「もちろん……。なんて、すてきなの。びっくり」

こくこくと頷いてやっと紡ぐ答えがたどたどしい。

「こんな場所に来られると思わなかった。わたし……、とにかくありがとう、ジュリオ」
「君にぴったりの場所だと思ったんだ。だけどお礼はまだ早いよ」

これ以上、何があるというのか。
椿はもう十分感動して、サプライズは大成功のはずなのに。

「バカンスの間ここに泊まるんだ。そしてこれから僕達は好きな時にここに来られる。いつでも。クリスマスも、次のバカンスもずっと先のバカンスもだ」

古城を利用したホテルかと思い付くのと、答えが告げられるのは同時だった。

「ここを買った」

会話の流れが現実的ではなくて、どこかが間違っているのだと思った。
買ったと聞こえたのは間違いか。
ここと言ったのはあの城じゃないんじゃないか。
よくわからなくて首を傾げる。

「ここを買ったんだ。君はこの城のお姫様だよ、ツバキ」

城が買えるものだと知らなかったし、そんな発想もないから実際にそんなことをする人が……できる人が居るだなんて信じられない。

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あきゅろす。
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