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短篇
12
以前からの生徒達も負けじと、二人は私達の紹介なのとジュリオに話し掛ける。
女性達が彼と話したがり、自身を見てほしいと望む気持ちは理解できる。
けれど胸の中にもやもやとした醜い感情が生じるのも事実だ。
その自覚があるからこそ、衝動に任せた振る舞いをしたくなかった。
表現した方がジュリオは嬉しいと思ったとしても、それは椿の頑なな意地だ。
しかしそんな椿のつまらない意地は恋人の目に簡単に見つかり、引っ掛かっていたものもあっさりと見抜かれてしまった。

彼女達と話してた時に椿が不機嫌だったと指摘され、態度に表れてしまっていただろうかと椿は首を傾げた。
彼女達は興奮していて気付かなかったそうだが、顔色は変わらずとも纏う空気が硬く、刺々しかったらしい。
そんなに嫌だったの?と聞かれて、椿は思わず否定してしまった。

「違います。私は……」

話してしまおうか。
迷いが生じてぐらつく背中を、なに?と問う彼の声が押す。

「確かに、少し不快感はありました。でも彼女達はあなたのファンです。つまり、お客様でしょう?お客様は世界中に存在します。その一人一人に敵対心を持つわけじゃありません。仕事だと理解しています」
「なら、彼女達だけに特別に不快感を抱く理由があったわけだ。それが君を悲しませる理由?」

椿はぎゅっと唇を噛み締めた。
沈黙は肯定だった。

「何があったの?」
「私はあなたを貶めることをしません!頑固だと言われても、スムーズな人間関係のためには必要なコミュニケーションだと説得されても…!それでも…っ、絶対……」

堪えて押し込めていたものが溢れて、自分でもびっくりするほど大きな声が出てしまった。
同じく驚いた様子の彼の目から顔をそむける。

「彼女達はあなたが言った通り、あなたをレアアイテムだと思っています。それを否定する気はありません。あなたのファンだという強い情熱には共感できますから。ただ私は、彼女達の会話に乗って、軽々しくあなたのことを話したくなかっただけ……」

感情がたかぶって溢れ出た涙を急いで拭う。

「あなたを売るようで……嫌でした。あなたは私を理解して、受け入れてくれた。こんな私でも……。だから、そんな大切な人を裏切ってはいけないと……」

抱き締められて頭を撫でられると、よけいに涙が出た。

「傷付いたんだね」
「いいえ。私なんて、あなたに比べたら……」
「だけど君が傷付いたのは事実だろう?比べる必要はない。僕は平気だよ。慣れてるし、強い男の子だからね」

おどけた言い回しでくすりと笑わせてくれる。

「ありがとう、ツバキ。君は僕の強い味方だ」

彼の味方であることが椿には重要で、喜びでもある。
ジュリオの言葉によって、自分は間違っていないのだと安堵できた。
けれどそれは稚拙で傲慢だと、彼の身近で働くスタッフという彼の味方によって断罪されることになった。


鍵が開く音に続き、足音が椿の居るリビングに近づいてきた時、ジュリオが帰ってきたのだと思った。
出迎えようと立って振り向くと同時に目が合ったのは彼ではなく、長い金色の髪がゴージャスな美女だ。
彼女は怪訝な顔をして椿を見た。
侵入者が居ると通報されそうな空気に焦り自己紹介しかけた。が、何か思い出して納得したような表情を見せたので言葉が引っ込んだ。
自宅の鍵を預けられるような人物なのだからジュリオから聞いたのだろう。
とはいえどこまで話を聞いているかわからないので、やはり自己紹介すべきだと改めて口を開いた。
だがそれは彼女の威圧的な視線と口調に押し込められてしまった。

「あなたが例の……『ツバキ』さん?」

また。上から下まで値踏みする不躾な目。
そして、見せつけるように動く右手の指に引っかけられてくるくる回る金色のキーリング。
いくつかの鍵とチャームがチャリチャリ鳴っている。

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