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短篇

ジュリオはカフェの他にマルシェや近所でよく寄る店を案内し、知り合いの店員が居たら椿を恋人だと紹介した。
行きつけのパン屋でもそれは同じで、椿の肩を抱き寄せて「彼女は僕の大切な恋人だからよろしく」と挨拶をした。
最後まで慣れることはなく、その度に恥ずかしくていちいち照れてしまった。


『いつまでも幸せに暮らしました』で終わる童話の様な素敵なロマンスに憧れた。
それは実現困難な夢。
現実には恐らく無いかも。と、理性ではわかっている。
けれど恋愛経験のない椿は、そんな幼い少女が無邪気に憧れる夢をここまで捨てきれずにきた。

毎日をジュリオと同じ家で暮らすようになって、椿は現実を知った。
夢破れ失望をしたわけでなく、起こる問題に直面して経験が増えたという意味でだ。

ジュリオは日々起きた出来事を話したがり、何でも報告する。
隠し事のない関係には必要なことで、それが親しい証なのだという理屈は理解できる。
しかし椿は“親しき仲にも礼儀あり”で、相手との距離感を必要とする。
それがあって当然な文化圏で生まれ育った上に椿自身がコミュニケーション能力が低いので、何でも明け透けに話すのは抵抗があり、苦手なことだった。
愛情を疑うまでいかないが、それがジュリオにはドライに感じるようだった。

「もっと甘えていいんだよ?」

そう言われても椿にとったらもう十分甘えているので、これ以上どうすればいいのか困ってしまう。
答えられずにいると、ジュリオも困った笑みを浮かべた。
だが彼が「それが日本人なのかな」と諦めたように呟くと椿はショックだった。
これまで辛抱強く理解しようと試みて、優しく受け入れてくれていたのに、人種の違いで突き放されたようで悲しくなった。
後で考えれば困る椿を追い詰めずに、違いを理解して受け入れてくれた彼の優しさなのだと思うこともできた。
が、その時は何も言えず、暗に肯定したととられてしまった。

人との会話は難しい。

適度な距離はあった方がいいと思っていたのに、隔たりを感じるとさみしくなる。
どうすればそれを埋められるのか。

ふっと。
ある考えが浮かんだ。

言葉が苦手だから、字を書くようになったのだ。
それなら今回も書けばいい。
『あなたへ』というノートをつくって、思いを綴った。
文字なら、冷静に気持ちを整理して伝えられる。
そうすれば彼の気持ちにも応えられる。


いつの間にか、ジュリオの帰りを待っている内に眠ってしまったようだ。
それに気づいたのは優しい彼の声が椿を起こしたからだった。

「大きいソファーなのに、また小さく丸まって寝てる」

くすっと笑って、眠気でぽやんとする椿の額にキスをする。
読んだよと聞いたら目が覚めた。

「ツバキはフランス語でも美しい字を書くんだね」
「ごめんなさい」

身勝手かもしれない。
けれど、隔たりがなくなり距離が近づいたと感じられるのは嬉しい。

「どうして謝るの?」
「だって……。私は、面倒臭いでしょ?」

卑屈な発言を彼は嫌うかもしれない。
けれど、口にしないよりはましだと今なら思えた。

「そういう風に考えるのはよくない。些細なすれ違いじゃないか。それも僕達の会話が増えたんだから、起こるのは当然だろう?自分を責めて落ち込む必要はない」

いいね?と。
そう言われると気が楽になれる。
頷いて応えると、愛情に満ちた優しい唇が額に触れた。

「よかった。あなたに諦められたら私…っ」

想像したら込み上げてきて、ひくんとひとつしゃくりあげる。

「ツバキ。約束するよ。僕は君を手放さない 」

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あきゅろす。
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