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短篇

相変わらずフィルツさんにはなかなか会えなかったけれど、それから時々お土産を置いていってくれた。
色々なお菓子や、本に。こないだはつばの広い帽子をくれた。
その度に付箋でメモが貼ってあって、私はもうちょっと何か余計に書いてくれればいいのにって我儘な事を思うようになった。
こちらは便せんでお手紙を書いているのに、フィルツさんは必要な事しか書かないから。
それでもいいか。って思ってしまうのは、彼が黙っていてもあたたかく見守ってくれていると思うからだ。
泣きじゃくる私の頭を、何も言わずに撫でてくれた時みたいに。


ブロスフェルトさんは、寝巻きの他に何着かワンピースをくれた。
申し訳ないと言うと叱られるから、その度に沢山のお礼を言った。

ふらつきながらも、壁にすがったり周りの物を支えにしてなら自力でも歩けるようになると、頂いたワンピースを着て外に出てみたくなった。
『歩けるようになったら少しずつ散歩をするといい』って、フィルツさんのメモにもあったし。
何より、フィルツさんの帽子をかぶりたかった。

壁を伝い、ふらふらと廊下を歩く。
何処からか若い女性達の話し声がしたけれど、お手伝いさん達だろうという認識だけで、その内容までには気が回らなかった。

フィルツさんにお手紙を書くんだと、胸が弾んでいた。
外まで歩いて行けたのよ、と。
帽子をかぶったと知ったら、喜んでくれるかしら。褒めてくれるかしら。
けれど、刹那。
浮かれた脳に突き刺さる、嫌悪感に満ちた声。

「ほんっと、図々しい」
「ねぇ〜え。非常識」

嫌悪。憎悪。侮蔑。
それは聞き慣れた色。
だから私はついびくりと怯えてしまって、足が動かなくなってしまった。

「旦那様が優しいからって、いくらなんでも甘えすぎじゃない?」
「だって無一文なんでしょう?なのに服なんか買ってもらってさぁ」

息が止まるかと思った。
指先が一気に冷え、震えて体の力が入らない。

「フィルツ先生だって随分熱心じゃない?前は月に一度来るかどうかってくらいだったのにさぁ。あれからほぼ毎日じゃない」
「先生にも色々買ってもらってるんでしょ?病人で可哀想だと思ってれば、うまくやったわよね」
「私、密かに先生狙ってたのに」

呼吸が震えてるのに気付いて、自分が泣きそうなんだと知った。
気付かれないように、泣くまいと帽子をぎゅっと握り直す。

「狡いのよ。親に殺されかけるなんてよっぽどじゃない。あの子にも何か無きゃそこまでしないわよ、普通」
「ねっ。みんなあの子に騙されてるのよ。貢がされちゃってさ」

悔しいとか、悲しいとか、傷付いたとか。
わからないけど、とにかく恐かった。
壁に手をつきながら方向転換すると、そこにはブロスフェルトさんが立っていて、目を見開いた拍子に涙が溢れた。
彼の視線が握りしめた帽子を発見し、また目が合うと、彼はしーっと人差し指を立てて手を差しのべてくれた。

恥ずかしいくらい体が震えて、情けなくて、惨めだった。
支えられて部屋へ戻ってくると、しゃがみこんで泣き出してしまった。

ただ謝るしかできない。
私のせいで、助けてくれたブロスフェルトさんやフィルツさんまで悪く言われてしまう。

「何を言うんだ。謝るなと言ったろ?」

何故、浮かれていたのだろう。
図々しく、希望を欲しがったのだろう。
私は実の母親に殺されそうになるような人間なのに。
要らない、邪魔な人間なのに。

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あきゅろす。
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