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短篇

いつもと違う、ふわふわの布団。
それに半分埋もれた視界のもう半分にうつる、愛しい人。
ゆったりと上下する分厚い体から、まだ睡眠の中に居る呼吸だとうかがえる。

眠い目をこすって、そろっと寄り添ってくっつく。
高い体温が心地よくて、もっと甘えてすり寄りたくなる。
このたくましい肉体なら、寝ながら片手で椿を引き寄せることも簡単だ。
羽根のように軽いと言うのを最初はサービスで言っているのだと思って聞いていたが、事実、この体格差があれば彼にとって椿を抱えることなど容易い。
だから抱えられても安心して任せられる。

額にキスが落ちて視線を向けると、いつの間にか目を覚ましていた。

「あ……おはよう」
「おはよう、ツバキ」

眠そうに微笑んで、額に二度目のキスをする。

「今日は君と過ごすと言ったね」

昨夜、休みだからずっと一緒に居られると言っていた。

「一日中ベッドで怠惰に過ごすのもいいけど、今日はちょっとだけ出掛けようか。これから君がここで暮らすのに環境をととのえる必要がある」

椿が息抜きに甘いものを食べられるカフェを案内しないとならない。
ジュリオは冗談めかして言ったが、椿にとってはそれが一番重要にさえ思う。
思わずふわりと頬をゆるませると、ふっと笑ったジュリオがまたキスをする。


朝食後、今から着替えて出掛けようという時だ。
椿の携帯が震えた。

「あ、ちょっと待って。ママからなの」

いいよ、どうぞ。と快く了解してから、ジュリオは日本語を交えて話す椿を興味深げに観察していた。

「そうなの。道具を盗られちゃって。……うん、私は平気。被害はそれだけ。……そうなの。だから引っ越すことにしたの。落ち着いたら教える」

引っ越し先を教えるとなると彼のことも話さなきゃならない。
照れがあって、実はまだ恋人ができたことを話していない。

「……あのね、ママ。大事な話もあるの。……うん、あとで。……私も愛してる。またね、ママ」

会話と様子から悟られかもと、ぎこちない動きで首を動かして見る。
ジュリオは微笑んでいるが、椿は沈黙に耐えきれず慌てて言い訳を始める。

「別に、あなたのことを隠そうとしていたわけじゃないの。だって、だって……生まれて始めて、その……。大切な人ができたんだもの。どう話したらいいのか……」

彼の視線から逃げて、もじもじと指を絡ませる。
ジュリオなら優しく受け入れて許してくれる。その甘えが図々しいと思うが、現実にそれが与えられると喜びは想像以上だ。
抱き締められるとほっとする。

「よくわからないけど……普通、あなたを“そう”だと紹介したら驚かれる?」

書道教室の生徒達は、椿が彼と知り合いというだけで驚いていた。
どうしてあんな人が?と、椿が彼には相応しくないと不満や反発があった。
世界的に有名なファッションデザイナーである彼と親しいのが、まったくファッションに疎い日系人の芸術家(アーティスト)だというのが納得できないのだ。
だが華やかな世界に住む彼とはまるで縁のない、椿が住む世界の人々が知った場合にどうなるのか。

「そうだね。ただ、“普通”なら知り合った時点で周囲に言い触らして、ゲットしたら自慢しまくってるんじゃないかな。スターになれるって知ってるからね。自分で言うのもなんだけど、僕は貴重なアイテムだから」

顔が曇るのを見たジュリオは、ん?と首を傾げる。

「あなたはゲームの景品じゃありません。もしも真剣に紹介してそのように取られるのならそれは酷い誤解ですし、侮辱です。それにあなたを貶める行為です」

ムッとしてむくれると、ジュリオは「ツバキらしい」と言って笑った。
彼がどうしてそれを笑い飛ばせるのか理解できないけれど、もしそれが“慣れ”なら悲しいことだ。

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