[携帯モード] [URL送信]

短篇

書き上げた作品を日本へ発送して、これでまた教室に通う日々に戻る。
そう肩の荷が下りた思いで帰宅すると、外出した時と部屋の様子が違っていることに気付き入り口で足が止まった。
一瞬の違和感から不審に変わり、まさか……との疑念が生じる。
収納が無くて物が溢れていてもそれなりに整頓していたから、物が乱暴に散乱していれば明らかに荒らされたとわかる。
閉めていったはずの窓がうっすら開いている。
両開きの大きな窓が風でカタカタと音を立てている。
泥棒が入ったんだ……。
そう思った瞬間ゾッとして、不快にもなった。

何か盗られたかと考えられるまでにいくらか時間が要った。
この家に高価なものなど特にない。
祖母から受け継いだバッグはコーディネートに関係なくいつも持ち歩いているし、ジュリオが椿に買ったものはすべて彼の家にあるのだ。

いや、あった。
香水だ。
ジュリオに貰ったものだから焦って確認したが、無くなっていたのは以前から持っていた安物のアクセサリーだ。
香水の方が高価だが使用済みだったので、売ることを考えてあえて盗らなかったのだろう。

安物とはいえ自分なりに決意して買ったものだし、どれも気に入っていたから無くなってしまったのにはガッカリだ。
そこで大事なことを思い出し、ハッと顔を上げる。

「うそ……、うそ、やだ」

書道の道具が、しまっていた箱ごと無い。
気付いたら急に震えてきて、そんなわけがないと否定しながら室内を捜す。

「うそ……。…………無い」

その事実を口にしたら悲しみがどっと襲ってきて、熱く滲んだ涙が一気に溢れた。

「ぅ…っ……ふぅえぇ……」

ぐすぐすとすすり泣く中で一番に浮かんだのは他でもない。
バッグから携帯を取り出し、迷いなく電話をかけた。
呼び出し音を聞きながら早く出てと願う。

「やぁ、どうしたの?ツバキ。珍しいね、この時間に君からかけてくるなんて。そうだ!作品を出したんだね!?完成したって言ってたもんね」

事態を説明しようと泣くのを堪えたのに、彼の声を聞いたらそんな努力は無になった。

「ひ…っ、ぅう…っ。ふぇええぇ……」
「な……ツバキ?どうしたの!?」

悲しい。
大切な道具が。ずっと使っていた道具が無くなってしまった。
その喪失感の大きさ。
ショックで涙が止まらない。

「ジュリオ…っ。ふぅえ、ジュリオぉ」
「何があったの!?今どこ!ツバキ!」
「ふぅ…っ、おうちぃ……」

仕事中に迷惑だとも思ったが、それよりもどうしても彼の声を聞いて安心したかった。
傷付いた心を癒してほしかった。

「家に居るんだね!?待って、今からそっち行くから!すぐだから、ね!?」
「うん……うん……」

そんなの悪いと断れなかった。
電話を切ってから少しずつ涙が引いてきても、やっぱり彼の仕事を邪魔してしまった罪悪感より心細くて会いたい気持ちが強い。
早く来て、話を聞いて慰めてほしいとさえ思っている。

力なくぺたんと床に座り、ベッドに頭をあずける。
ショックで、悲しくて、こわくて、不安で。
ぐるぐると渦巻く感情に潰されそうになる。

そのままうとうとしかけた頃、急いたノック音で目が覚めた。
どきりと心臓が跳ね、強張る体を小さくして恐る恐る返事をすると、待ちかねた声が名前を呼ぶ。
声を聞いたら、一度引っ込んだ涙がまた滲み出す。

「ツバキ、入るよ?」

立ち上がって出迎える気力がなく、その場に座り込んでいた。

「ツバキ…!」

顔を見たら両手をのばしていた。

「ジュリオ……」

大きな腕にすっぽりと包まれたら、ようやくホッとできた。
優しく背中を撫でてくれるだけで、言葉はなくとも慰められた。

「ツバキ。何があったの?話してくれる?」
「出掛けてる間に泥棒が入って……道具が……。書道に使う道具が全部盗られちゃった…っ」

しくしくと泣き出すと、かわいそうにと言って額に軽く唇が触れた。

「ねぇツバキ。こんな時だからこそ言わせて。君は僕の家に移るべきじゃないかな」

[*前へ][次へ#]

5/25ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!