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短篇

展覧会に出品する作品にとりかかる間は集中するので、形振り構っていられなくなる。

広くない部屋なのに収納が無く、物が溢れて多く見え、より狭く感じる。
書道教室も休み、部屋にこもってひたすら書いていると疲れてそのままそこに転がって寝てしまうこともあるし、せっかくバスタブ付きにこだわったのにゆっくりお風呂に入るのも惜しくなる。
食事は何か作るのも外へ食べに行くのも億劫になるのがわかっているので、事前に買っておいたフルーツを食べたり、冷凍食品でさっと済ませる。
そんな生活を送る悲惨な姿をジュリオには見られたくない。
が、自分のこともままならない中では正直彼と会う余裕も、連絡をとりあうことさえできなくなってしまうと思うのだ。
この仕事に対する椿の姿勢や日本文化への理解を示し、尊重してくれる彼は、こんなことも許容してくれた。

床に転がって寝てしまうと、体のあちこちが痛い。
ベッドに行くのを手間に感じたせいだ。
半分眠ったままの頭にノック音が侵入する。
思考が働かない内に反応する体が訪問者を迎えてしまったのが間違いだった。

「ツバキ…!」

目を丸くするジュリオをみとめると、羞恥より悲しさが先立った。
身を隠すこともできず立ちすくむしかないボロボロの女を、ジュリオは躊躇いなく抱き締めた。

「ジュリオ…っ。ジュリオ、はなれて。いや」

寝ずに書いていたから、少しだけのつもりでそのまま寝てしまった。
だからシャワーも浴びていないんだと言っても、彼はそんなの気にしないと言って放さない。
数種類のベリーをまとめてひとつの大きなボウルに突っ込んだ“ご飯”も床に置いたままだし、食べかけのバゲットが入った紙袋も無造作に転がしたままだ。

「ツバキ。こんな生活を続けていたらいつか体を壊すよ。今は平気かもしれなくても、その内絶対ツケがまわってくる」

耳が痛くて反論をする気になれない。
図星を指されて抵抗もできなくなった。
こんなやり方は若い内しかできないだろうとわかっているけど、まだ大丈夫だと逃避を続けていた。
彼のようにもっと沢山の世界を知って自分の器を広げていけば、余裕のある生活の中でも作品に向き合えるのかもしれない。

「仕事に集中できるのは健康あってこそだ。でも、ツバキはしなくていいよ。僕がしてあげる」

何を言っているのか、すぐには飲み込めない。

「……え?なに?」

もっと人としてちゃんとしろと叱られて反省しはじめたところに、甘やかす言葉。

「これからまだ作業を続けるつもり?」

責めるのではなく単純に予定を問うもので、椿も素直に答えた。

「そのつもりだったけど、今は少し休憩したくなった」
「そう。じゃあ、お風呂の用意をしてあげる。僕が居る間はゆっくり体を休めて。それと君の好きなショコラショーとスイーツも買ってきたんだけど、今すぐにする?それともお風呂を出たらにする?」

彼にさせては悪いと遠慮しかけたところでエサをぶら下げられたら、そちらに夢中になった。

「ショコラショー!今ちょっとだけ飲みたい、ちょっとだけ。後はお風呂を出たらゆっくりいただきます。ありがとう、ジュリオ」

現金なものだ。
けれど本当に嬉しくて、彼の背中に腕をまわしてぎゅっと抱きついた。

「よかった。ツバキが喜んでくれて。仕事の邪魔になります!って叱られちゃうんじゃないかって心配してたんだ」
「ううん。嬉しいです。私、反省しました。作品に集中する期間でも、もっとちゃんとした生活を送れるように成長したい。だって、その度にこんな姿をあなたに見られたくありません。私の健康が損なわれる前に、きっとあなたに失望されます」

冗談じゃないのに、ジュリオはくすくす笑って背を撫でる。
そんなことになるわけがないという自信があるからかもしれない。


ドライヤーが無いので、髪を軽く拭いたあとは肩にタオルをかけて自然にかわくのを待つ。
その間にお楽しみのスイーツを味わって満足した顔を見たジュリオは「よかった」と微笑んだが、不意にそれがくもる。
どうかした?と問う必要はなかった。

「ねぇ、ツバキ。僕の家に引っ越さない?君を支えたいんだ。真面目に考えてほしい」

彼の申し出に甘えるのはやはり躊躇する。
それは当初の思い通り、一度の甘えがやがて依存となり、堕落を招くのではという恐れ。
社会人として、女性としてのプライドから来る意地だ。
が、彼の言う“支え”が精神的なものを指すのだと今の言葉からははっきり感じとれた。
頷きたい気持ちはある。
でも、まだ完全に納得しきれない。
猶予が欲しいという要望を、彼は承知してくれた。

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あきゅろす。
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