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短篇

街中の家とは別に、少し離れた自然溢れる場所にもうひとつ家を持っているのは彼だけではないらしい。
彼の両親も。

彼が別宅として所有する家は、世界的に有名なブランドをつくった彼の祖父、ジュリオ・エメリーが遺したもののひとつで、その娘である母が継いだものを新しく別宅を買う際に譲られたのだ。
彼、ジュリオ・ファリエールの別宅はお城と言っていいくらい大きくて歴史を感じさせる家だったが、彼の家族が所有する家は正に“新しい”別宅。
身長の倍以上もある巨大な観音開きの門を抜け、木々や青々とした芝が続く庭を突っ切るアプローチを走るとようやく見えてくる。
これが個人の所有する自宅のはずがないと思うほど広大な家は、お城ではなく、モダンなデザインの大豪邸だ。

彼の家族の事前情報を与えられなかったのは、椿が身構えてかたくなってしまうからという理由からだった。
確かに、前もってこんなに桁違いの大豪邸を別荘に持てるようなご両親だと知っていたら怖じ気づいていたのは間違いない。
恋人の家族に会うという初めての経験に緊張はしていたものの、何も知らされない以上、過剰に心配して不安になることはなかった。
ジュリオの計算通り、椿はただ行儀よく礼を尽くして接すればいいだけだと開き直ることができたのだ。
とはいえ。これだけの邸宅を前にすると緊張するより最早現実味がなく、椿は口を開けたまま圧倒されてしまった。

「ツバキ。平気?」

優しく気遣う声色に、大きな手が背を撫でる。
椿ははっとして口を閉じてから彼を見上げたが、驚きと動揺がぱたぱたと瞬きに表れる。
そしてようやくじんわりとわいてきた不安が、胸元を庇うように両手を握らせた。
肩を抱き寄せられ勇気づけられると、頷いて大丈夫だと示す。

格好について不安になる要素は無い。
ジュリオがチーフデザイナーをつとめる自らのブランドから白いワンピースを選び、特別に椿の身体に合わせて手ずからサイズを直してくれたのだ。
彼が選んでくれたのだから間違いはないと自信が持てるほど、そのプロフェッショナルな才能を無条件に信頼している。
上品な可愛らしさは椿好みで、何か問題があるとしたらそれを着る素材自身でしかない。

スーツ姿の年輩の紳士が大きな扉を開けてくれた先には、吹き抜けのエントランスホールが広がっていた。
白を基調とした世界で、壁にそって左右両側からカーブを描く深紅の階段が栄える。
教会の様な印象で美しく、規模は劇場などの公共施設並み。
やはり個人の自宅ではあり得ない。

「いらっしゃい。はじめまして」
「ようこそ」

こんな大豪邸だからといって派手に着飾っているわけでもない。
二人とも穏やかな優しさが感じられる、上品な雰囲気のご夫婦だった。
両親だと紹介されて挨拶する際に、椿は自然な笑みを浮かべることができた。
お母様のゆるやかに波打つ濃い蜂蜜色の髪がジュリオと同じ。そしてジュリオの顔立ちはお父様にとてもよく似ているからだ。

「まぁ、かわいらしいお嬢さんじゃない」
「日本は我々のグループにとって重要なマーケットのひとつだ。真面目で勤勉で礼儀正しい日本人の国民性は多くの人たちの信頼を勝ち得る点だし、見習うべきだ」

日本は歴史ある国で、その伝統と文化は非常に興味深い……と語り始めたところでお父様の話は遮られ、プライベートなエリアへと案内してくれた。
エントランスに隣接するのは来客用の部屋で、別に家族が普段生活する部屋があるのだ。
それこそ文化が違うと思ってしまうが、ご両親自体は椿に対してとても親しみやすい雰囲気で接してくれる、優しくていい人達という印象だ。
しかし当然、ジュリオ・エメリーを展開する会社傘下の香水メーカーの社長という地位のある人だった。
更にお母様はグループのジュエリーメーカーの役員。
妹さんはジュリオのもとで働いている。
椿には想像もできなかった、華麗なる一族だ。

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