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短篇

翌朝、テーブルの上から手紙が無くなってるのを見て、また夜に来てくれたのだとわかった。
ドアの閉まる音で起きたのはその次の日だ。
大きな音がしたわけでもないのに、何故かふと目が覚めたのだ。

フィルツさんかもしれない!
そう思って急いで上体を起こし、手を使いながらやっとの思いで足を下ろしたのに、立つ事は叶わなかった。
まだ支えが無いと一人では立てない。
足に力が入らなくて、がくんと崩れ落ちた勢いで強かに膝を打った。

「い…!ったぁ……」

間に合わなかった。
痛さと情けなさで涙が滲んで、すん、と一つ鼻をすする。と、その時だ。
ドアがパッと開いて反射的にそちらを見上げると、そこには初めて見る男性が立っていた。
ワイシャツの袖をまくり、日に焼けたたくましい腕が覗く。
襟元はタイをせず、幾つかボタンを外してくつろげている。
跳ねて癖のある黒髪は耳を半分隠し、伸ばしっぱなしにしているという印象だ。

「大丈夫か!?」

彼は私を見つけると、すぐに駆け寄って抱え起こしてくれた。

「何してる。危ないから寝てろ」
「ごめんなさい……」

言い方が荒く乱暴でも、恐くはなかった。
そこに優しさが感じられた。
ベッドに寝かせてくれて、布団を掛けてくれた後、彼はぎゅっと眉間にシワをつくったまま息をついた。

ブロスフェルトさんが上品な紳士なら、彼は眼光も鋭く、野性的な人だった。
背を向けたので行ってしまうと思って焦って声をかけたが、彼はドアを閉めようとしただけなようで、恥ずかしくなった。
けれど彼は、黙ってそのまま引き返して来てくれた。

「あの……フィルツさん?」

彼はにこりともしなかったが、深く、静かで、そして力強くもある、不思議な空気を纏っていた。
短い相づちも刺々しく突き放したようには感じなくて、そこに不器用な優しさを見てしまう。
それはやっぱり、彼が私を助けてくれたとわかってるからだろう。

「よかった…!やっとお会いできた」

これで直接お礼が言える。

「ずっとお会いしたいと思ってました。あなたが居なかったら、私は生きる喜びを知らないままだったでしょう」

布団から手を出して、自然と祈る様に手を合わせていた。

「お菓子の美味しさも、二度と味わえないままだった」

最後に毒を飲まされて、死んでいくだけだった。

「あなたは、私をもう一度生まれさせてくれたんです。新しい人生を、自由を与えてくれた。あなたは私にとって、救世主の様な方です」

話しながら、視界が熱く潤んだ。

「本当に、私を見つけてくれてありがとう。助けてくれてありがとう。助けて、くれて…っ」

涙が溢れた。

「生きていてよかったの…っ。初めてそう思った…!」

顔を覆って泣きながら、訳もわからず喋り続けるのを、彼は黙ってそこに居て、受け止めてくれていた。

「何で生きてるんだろうって……。どうして誰も助けてくれないんだろうって思ってたの…っ。邪魔者にされて、殺したいほど憎まれて……。遠くに逃げたいと思った時には、もう体が動かなくって…!」

死ぬんだと思った。
けれどそれ以上に生きたいとも思った。

「すごく……すごく、恐かったの…っ。死ぬのが恐かった…!」

髪を撫でる温もりが、仕草が、ますます泣けた。

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あきゅろす。
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