短篇
5
最後に彼は、そういえばと思い出したように教えてくれた。
「ここは牧場のそばの僕の家だ。町中の病院に連れてくより早いって事でここに運び込まれた」
そんな所だから、住み込みの従業員やお手伝いさん達のために医務室があるそうだ。
常勤の医師やスタッフが居て、それなりの設備があったから助かったのだ。
「だけど、友人が君を抱えて飛び込んできた時はびっくりしたよ。いつも落ち着いてて動じない奴だから、慌てた姿を見て『これは尋常じゃない』と思ってね」
危ないところを、運よく助けてもらえた。
「あの、お名前は……?」
「ステファン・フィルツ。町で診療所をやってて、たまたまこっちに来た時に君を見つけたんだ」
そちらも勿論聞こうとは思っていたが、目の前の彼の名も聞いてない。
彼もまた、私を助けてくれた恩人だ。
「あなたは……?」
「僕はロランド・ブロスフェルト」
やはり。
ブロスフェルトの人だ。
そうじゃないかと思っていたとはいえ、驚くよりつい笑ってしまって失礼な真似をしてしまった。
なのに彼は不快な顔をせず、ん?と首を傾げた。
「ごめんなさい。ずっと私の中で、勝手にあなたを“ミルクティーの人”って呼んでたから」
「ミルクティー?」
彼もまたふっと破顔した。
「綺麗な、ミルクティー色の髪だもの」
私は少し茶色がかってはいるけれどほぼ黒で、それはとても美しく映る。
「親切な、ミルクティーの紳士さん。感謝します。本当に、ありがとう」
自分で体を起こせるようになっても、まだお医者さんのフィルツさんとは会えてなかった。
けれどある日テーブルにお菓子の箱が置いてあって、黄色い付箋でメモが貼ってあった。
『チョコレートとクッキーの詰め合わせです。食べてください。 フィルツ』
年配のお手伝いさんにとってもらって、膝の上でそれを読んだ。
頂き物をベッドで食べるのは失礼な気もするが、寝込むようになってお菓子は食べさせてもらえてなかったから我慢できなかった。
「『貰い物だけど甘いものは苦手だから』ってフィルツさんはおっしゃってましたけどね。旦那様は後で『あれはわざわざ買ってきたな』って笑ってらっしゃいました」
付き合いが長いから、些細な動揺が見抜けるらしい。
「いらっしゃる度に、随分心配なさってたんですよ。毎回旦那様に様子を聞いてらして。ですからきっと、元気づけたいと思って買ってこられたんでしょう」
「……あの、一つ、お願いがあるんです」
何故今までそうしなかったか不思議だ。
会えた時に必ずお礼を言おうと思ってたけれど、ここまで気遣ってくれているのにまだ何も言えてないのは申し訳ない。
伝言ではなく、自分の手で書いた手紙で伝えようと思った。
便せんを貰って書いた手紙は預けずに、お菓子が置いてあったのと同じテーブルに置いておいた。
フィルツさんは必ず部屋へ来て診てくれているそうだから、その方がいいとお手伝いさんにすすめられたのだ。
まずはご挨拶が遅れたお詫びと、助けていただいたお礼に、お菓子のお礼を。
『思いがけない贈り物に嬉しい驚きを感じています。体調を崩してからずっと食べてなかったので、神様からの贈り物かと思ったくらいです』
些細な事かもしれないけれど、感激した。
人のあたたかな思いに触れ、生きる喜びを感じた。
私は何度も、救われていく。
『お会いできた際には是非直接お礼を言わせてください。その時を待ち遠しく思っております。とても、お手紙だけでは伝えきれませんので』
けれどそれでも、この大きな感謝と喜びを言葉にして伝えられるかわからない。
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