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短篇

ぼんやりと窓の外を眺めているとノックが鳴って、ゆっくりと頭を動かして見る。

「よく外を眺めてるね」

彼につられて笑みが浮かぶ。
飽きないのかと聞かれて首を振った。

「実感、するの……。考える」

細くだけれど、やっと声らしい音が出るようになってきた。
何を?と聞く彼は楽しそうだ。

「自由になった」

私はもう自由になった。
私を憎む人は居ないし、殺される恐れも無い。
新たに、自由な世界で生きていける。
私は嬉しくて笑みさえ浮かんでいたのに、彼の表情はくもっていた。
何か不快にさせる事を言ってしまったのかと、不安になり目を伏せる。

「聞いてもいいかな?……君は何から自由になったんだ?」

ああ、と。
表情の意味を悟る。
一切過去を、事情を、名前さえ聞かなかった彼は、そこへ今踏み切ったのだ。
紳士的な彼は、とても優しい気遣いをしてくれた。
少しなら声も出るようになったし、話すべきだと思った。

「……家族」

もう随分前から、私はあの家族から疎外されていた。
彼は戸惑い、言葉を失った。
私が家族から自由になれて嬉しそうにしたから、酷い奴だと思ったかもしれない。
それでも繕うつもりなどない。
だって私は嬉しいもの。

「私は、何処に居たの……?何処で、拾ってくれたの?」

動揺しながら、彼は教えてくれた。

「牧場の敷地内だ」

牧場と言ってすぐ思いつくのはブロスフェルトだ。
確かに牧場は広大で近くに民家も無いが、ブロスフェルトといえば牧場以外にもレストランを何軒も経営して成功している有名人で、そこの土地に死体を捨てようなんてあまりに無計画で無謀だ。
意識せず溜息が出た。

「私……、そこに、捨てられたの」

とどめを刺されなくて、助かった。
いや、毒を飲ませた事がとどめだったのだろう。
けれど結局、助かった。

「拾ってもらって……見つけてもらってよかった。助けてもらえて……」

これからまた、新しい人生を生きられる。

「じゃあ……まさか、あの薬……」

やはり、薬に気付いていたのだ。
そして彼はその意味に気付いた。

「最初は、ちょっと体調を崩しただけだったの」

けれどそれが始まりだった。

「それから徐々に悪化して……。薬を飲むようになって、もっと……」

息をととのえながら話すのを、彼は真剣に聞いてくれた。
言葉にして言うと、わかっていても彼はショックを受けたようだった。

「……いいの。救ってもらったから。助かったから、もう……」

生きていてよかった。
それに尽きる。

「新しく、人生を生きるの。それが楽しみ。自由に生きられる」

だから何度礼を言っても足りない。

「ありがとう」

動けるようになったら、どうやって恩を返せばいいだろうかと話したらまた叱られた。
君は心も休める必要がある、と。

「それで、君の名前を聞いていいかな?」
「エミリア」

家族に捨てられて一人になったから、ファミリーネームはもう無い。
そういう意味で名乗らなかったのだが、彼は私が家族をかばって言わないんだと思ったらしい。
せっかく戻った笑みがまた沈んだ。

「エミリア、犯罪は犯罪だ。君に酷い事をした人間を“家族”だからってかばう必要はない。君はもう自由になったんだろ?」

そんなつもりで言わなかったんじゃない。

「心配ない。君が生きてると知られても危険が及ばないようにするから。不安なら勿論僕達が保護する。どっちにしろ、君には居てもらわないと、エミリア。見てる人が居ないと君はすぐ無茶しそうだからね。そうなると僕が友人に叱られてしまう」

最後に冗談めかして言ったそれで和み、思わず頬がゆるんだ。
そうだ。
私はもう自由なんだから。
私を捨てた家族を、私も捨てなければ。
本当の自由になるために。

「ブライテン。……母が再婚した人の名前」

それから私は、彼にこれまでの家庭環境を話した。
憎まれ、嫌われ、邪魔者になった事を。
そして毒を飲まされて、捨てられてしまうまでの事を、すべて。
彼は「信じられない」と首を振って言った。

「それなのに、エミリア。君はそんな思いをしたのに、目を覚ましてまず感謝を口にした。その次は謝罪だ。君はとても強く、高潔な人だ」

それは誇るべき美点だと、彼は言ってくれた。
褒められる事自体無いのに、こんなストレートな表現で言われると恥ずかしくて戸惑う。
私はそんな彼こそが気高く、素晴らしい人格者だと思った。

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