短篇
2
ゆるやかに、現実が戻る。
ふんわりと包まれる感覚で、自分の体を実感する。
生きてるのか、まだ死にかけてるのかわからないけれど、とにかく体が重くてなかなか目蓋が開かない。
今何処に居るのかまで頭が回るのに大分時間がかかった。
それから喉がかわいてる事に気付き、やっと起きる気になった。
見慣れない天井と、どっしりした重厚な家具。
枕は頭が埋まりそうなほどふんわりしていていて大きいし、体を包む布団も同じく心地いい。
起きようと体に力を入れたが、とても重くて一人では起きられなかった。
上品で、立派なつくりの部屋だ。
ぐるりと見回して、頭の方に窓を見つける。
綺麗な青空と、風に揺れる緑があった。
本当に生きてるのだと、改めて思う。
それもとても平和な場所で。
「家族」に憎まれ、捨てられてしまったけれど、それはもう遠くに置いてきたもののように思える。
死んだと思ってくれるならそれでいい。
清々したように去ったあの人達はきっと、死体を確認する面倒は嫌うだろうから。忘れてくれた方がいい。
過ごしてきた現実から切り離されて、また新しく生まれた様だ。
これからはどうして生きていこう。
殺そうと思って捨てられたわけだから、お金どころか荷物なんて一つも無い。
まずはまともに動けるようになるまでこの家に置いてもらえるかだ。
窓の外を眺めながら巡らせていた思考を遮ったのは、突然ドアが開く音だった。
びくりと肩が跳ね、体が強張ったのは反射だった。
自分が怯えているのだと知った時、同時にそれはもう必要ないのだとも知って、訳もわからず涙が滲んだ。
それを拭う力も無くて、啜り泣く声さえ出なかった。
惨めだ。
すべてを奪い、むしり取られて、辛うじて残った命があるだけ。
私を見てハッとした顔は悲しげに曇り、優しく気遣う声がゆっくり近付く。
「安心してください。僕はこの家の者で、あなたを発見した僕の友人があなたをこの家に運んだんです」
ゆるやかにウェーブする髪はミルクティー色で、顔立ちはきりっと男らしい印象だが、何処と無く上品さ優美さが漂って優しく映る。
礼を言おうと口を開くが、やはり声が出なかった。
「いいんですよ。今は何も考えないで、ゆっくり休んでください」
言いながら、吸い飲みで水を飲ませてくれた。
少しずつ含んで飲み込むと喉が潤い、体に染み込んでいく気がした。
「あ、りが……」
音らしい音は出なかったけれども、息遣いでかすかに言葉になったと思う。
首肯と微笑みで伝わったとわかるとホッとした。
「友人は医者なんです。時間が不規則だからいつ来られるかわからないけど、来れる時は来て診ると言ってますから」
お医者さんに見つけてもらえたなんて運がよかった。
手に持っていた薬に気付いただろうから、すぐに対処できて助かったのかもしれない。
「色々気にかかる事もあるでしょうが、あなたは何も心配しないでいい。僕達が責任持って看ますから、ここでゆっくり体を休めて」
捨てる神あれば拾う神ありと言うが、正に。
とてもいい人達に拾ってもらったのだと思う。
感謝以外の言葉が見付からない。
囁きにもならない、か細い息遣いだったけれど。
「ありがとう……」
溢れた涙が、熱かった。
「助けて、くれて……」
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