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短篇
19
「椿は日本のバラって言うんだってね。なるほど。ツバキが凛々しい訳がわかったよ」

生徒達が帰った教室で彼がもらした言葉に、椿は不安を覚えた。
さきほどはつい自分の意見を主張してしまったが、それは椿の私生活の領域の話だ。
けれど彼にとっては仕事なのだ。
不安げな空気を察したジュリオが、何?とうかがう。

「生意気なことを言ってしまったと後悔しています。あなたにはあなたの仕事に対する信念があるのに。ごめんなさい。反省してます」

項垂れた椿の髪を耳にかけ、頬に手をそえてあごをすくった。

「いや、悪いのは僕だ。君が断れないようにわざと仕事を理由に持ち出したんだから。君が傷つくことはない。急ぎすぎたよ。もっと君のことを考えて、僕が待つべきだった」
「あの、でも……。今日着替える服は、選んでくれますか?」

上目でちらりとうかがって言うと、ジュリオはもちろん!と笑みを咲かせた。

「喜んで。今度はちゃんと二人でショッピングを楽しもう」

椿はゆっくりと顔をほころばせ、そして声を弾ませた。

「服も、食事も、何処かへ出掛けるのも。興味があったわけじゃないのに、あなたと一緒だと楽しいです」

様々な経験をして人生を豊かにする意義が見出せずにいた。
けれど彼となら楽しめる。
何より彼がその理由になる。


別宅の方ではなく、市内の自宅へ行くのは初めてで、椿は緊張していた。
別宅ほど広くないと聞いていたが、一人暮らしの家にしては広いように見えた。
ちらりと見ただけだが、長い廊下にいくつもドアがあったからだ。
椿の衣装部屋ができるというような冗談を言っていたが、その気になったら実現できてしまう部屋数だ。
しかし既に椿のドレスがウォークインクローゼットの一部を占領している。
彼はツバキのものだと言うが、椿のために用意された彼のものを借りると思えば少しは気が楽になる。

「ツバキ。僕は本気だ。いつか君がここを自分の家として暮らせるようになることを僕は望んでる。君を愛してるから」

真剣なまなざしが正面から注がれて、戸惑う。
何て言って返していいのかわからない。
そんな様子を見て、ジュリオは首を振った。

「いいんだ。急かしてるわけじゃないから。僕の気持ちを知って、ゆっくり考えてくれたらいい」

前髪に触れ、頬を撫でる仕草にそわそわする。

「まだ未来のことは、私には到底想像できません。私にあなたと同じ気持ちがあるのか……。けれど、私はただ漠然と夢見てるんです」

子供だと笑われてもいい。
少女趣味だと笑われてもいい。
それが真実なのだから。

「童話の中のお姫様が王子様と出逢って、最後には“いつまでも幸せに暮らしました”っていう素敵なロマンスを」

自分でも、いい年をした大人が恥ずかしいことを言っているとわかってる。
けれど、彼は笑ったりしなかった。
僕が叶えてあげると言って、優しく微笑んだ。

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あきゅろす。
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