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短篇
18
椿が自然に僕の正体を知るまでは、あえて教えないでおいてほしい。
ジュリオからそれを頼まれた時から書道教室の生徒達は、彼が椿に対して特別な好意を持っていることを察し、それを納得できずにいた。
何故、彼を知りもしないばかりか、オシャレに関心もないような人が彼に選ばれるのか。
不満は当然出る。
女性として自分達の方が意識が高いのは明らかだ。

書道を習うほど日本の文化に興味があるし、日本が好きだし、真面目に仕事に向き合う椿にも好感は持っている。
ただ友人として付き合うには、椿があまりに生真面目すぎて面白くない。
機械のように仕事のことしか頭になくて、人生を楽しんでいるとは到底思えない。
生きていて楽しいのか。
書道を習う先生としては尊敬できても、女性として、人として共感はできない。
そんな人より、自分達の何が劣っていたというのか。
それは、日本的な要素しかない。
ジュリオは日本が好きなようだから、たまたま目についただけ。
物珍しいだけで、なにも本気で付き合うわけじゃない。
彼女だって人とのコミュニケーションを楽しんで、人と付き合うことができるとも思えない。

可愛い顔をしてるとは思うけど、年よりずっと幼く見える。
スレンダーだけど細いだけで、女性らしい肉感的な体つきではなく、ますます子供っぽい。
地味な格好が色気の無さに拍車をかける。
彼と真剣に付き合うなんてことになりえない。
なのに、椿よりずっと彼の方がご執心とはどういうことだ。

何も知らないという顔で下心を隠し、自分達を出し抜くつもりかとも考えたが、そんな策略をめぐらすような人じゃない。
だから余計に悔しい。
彼女は本当に子供のように、純粋に自身の仕事しか見ていない。
どんなに悔しがって、理解できないと必死に理由をつくって愚痴を言ったって、口にこそ出さないが皆気がついている。
自分達の敗北を。
彼女の魅力を。

認めたくなくて不満を語り合っていたが、不運なハプニングに見舞われても失礼なことをされても文句ひとつ言わない彼女の人柄に拍子抜けしてしまった。
いい人を気取っているわけではないと、現実を認めればすぐわかる。
計算高く自分だけ抜け駆けしようなんて狡猾さも、虚栄心も彼女には無い。
手に入れたいと思ったって無理なことだ。
世間知らずなほど仕事人間で、実直な人なのだ。
それが危なっかしくて、心配になる。
欲望に目が眩むことなく、純粋な心で正当に一人の男性として向き合おうとしているのもわかった。
だから彼も椿に本気になる。
それが納得できた。
誠意をもって、真心で付き合わなければ、恋人として彼女の心は得られない。
彼女にはそれしか通用しない。

強い信念を持ち、何をおいても仕事と向き合うという精神は、世界中に名の知れるほどの才能と実力を持ったプロフェッショナルから見て共感するところがあったのだろう。
そういう特別な人だからこそ理解できるのかもしれない。
そう考えると、椿は彼に相応しいと思えた。
二人のことを、祝福する気持ちで見れた。

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あきゅろす。
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