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短篇
17
すっと顔を上げると、椿は珍しく強い口調で意思を主張した。

「いいえ、私は既にあなたのご厚意に甘えています。十分すぎるほど。私は仕事中心の生活で、それ以外のことは無頓着です。人から見れば私の私生活は破滅的なレベルかもしれませんが、満足しています。なので私は自分に厳しいとは思いません。仕事のために無理に節制しているつもりもない。ですから、今あなたにしていただいているすべてはとても贅沢で、私には、はっきり言ってもったいないことばかりです。もちろんあなたのお気持ちには感謝していますし、嬉しく思いますが」

これが私達の“差”だと、椿は明確に告げた。
あなたは裕福で、余裕がある大人の男性で、器の大きな人だから、何もかも不出来で未熟な自分に手をさしのべたくなる。
はっきり答えが出ないままこうして過分に、度を越えて甘やかされては、素直に喜べるものも喜べない。
あなたは私に正当な評価を求めていたのではないのか、と。

「確かに」

自分自身を厳しく律し、自制し、真摯に仕事に向き合っている椿をジュリオは尊敬しているし、尊重もしている。
彼女にできないことで自分ができることならば何でもしてあげたいと思う。
愛情表現。と言えば聞こえはいいが、それは結局彼女に振り向いてもらえるための必死のアプローチだ。

魅力的で、尊敬できて。
理想的な、運命の人とようやく出会えたのだと感じた。
やっと一人の男として純粋な恋愛ができる。
けれどそれには、彼女はとてもハードルが高い人だった。

自分の仕事に誇りを持ち、私生活においても確固とした自分のスタイルがある。
人に甘え、頼らなくても、自分の生き方がはっきりと見えている。
ジュリオが手を出さなくたって、このまま彼女一人でだって問題なく生きていけるはずだ。
そんな人に、自分を見てもらわなければならない。
共に生きたいと選んでもらえるほど、必要だと思ってもらわなければならない。
その焦りがあったのだろう。
ジュリオは愛情表現のつもりだったが、結局は押しつけに過ぎなかった。
それもここ数週間デートを重ねてきて、このまま深い関係になっていけるだろうと自惚れ、浮かれてのんきに構えていたからだ。

今、改めてわかる。
彼女にそんなことは通用しない。
いい加減な気持ちのまま流されたりしない。
私利私欲に目をくらませ、打算で信念を曲げたりしない。
彼女にとって価値の無いものを貢いで気をひこうとしても見抜かれる。
今までのやり方で振り向いてもらえる人じゃない。
何者でもない一人の男として見てほしいと望んでおきながら、自分がそれをできていなかった。
偽りの無い心ひとつで勝負すべきなのだ。
そうでなければ、向き合ってもらえない。

「僕が間違ってた。浮かれて、やり過ぎた。一人で勝手に突っ走ってたよ。シャイな君にそこまで言わせてしまってすまない」

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あきゅろす。
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