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短篇
16
生徒達は揃って教室へ来るなり、椿の格好を見て声を上げた。

「まぁ!どうしたの?」
「えぇ、ちょっと……」

細いリボンに、フリルのついた真っ白なブラウスをつまみ、椿は淡々と説明を始めた。
胸元に茶色の巨大なシミが出来た訳を。

「来る途中で人とぶつかって、相手の持っていたコーヒーがかかってしまって。コーヒー臭くてごめんなさい」
「いいえ。私たちは別に構わないけど」
「一度戻って着替えてくればよかったのに」

彼女達は互いに顔を見合わせ、ねぇ。そうよ。と、頷きあう。

「だけど、仕事があるし。お蔭でこうして準備が間に合ったもの」

テーブルにはいつものように、書道の道具が人数分用意されている。
彼女達なら最悪!と怒って文句を言っているところだが、椿は特に気にしている素振りも見せず、飲み物は何にする?とそれぞれにたずねる。
椿が真面目で仕事に真摯に向き合っていることは見て知っているから、生徒達はそれを“らしい”と納得してしまった。
そんな椿の姿勢を尊敬しているジュリオだが、この姿を見ると絶句した。

両手を広げ、それは一体どうしたの?と目で問う。
椿は道具を片付ける手を止めず、生徒達に話した時と同じトーンで説明した。

「何てことだ!ツバキ、ヤケドはしなかったの!?」

本人よりずっとジュリオの方が慌てている。

「平気。少し熱かったけど」
「どうして帰って着替えなかったの!違うよ、みっともないとかそういうことじゃない。だって、ほら……。見えてるじゃないか、透けて。何って、服の下がだよ!」
「え……?本当?」

そんなに生地が薄い服じゃないし、フリルがあるから透けて見えることはないだろうと思っていたのだ。
生徒達に体を向けて見せると、指をさされる。

「ブラウスとおそろいね」
「レースのついた白いブラジャー」
「真ん中にリボン付き」

どうやら本当に見えてしまっていたようだとわかると、椿はほんのり頬を染めた。
そして照れ隠しにもごもごと言い訳を始める。

「だって、時間が……。私には私の予定があるし、それも仕事だし…っ」
「うん、それはわかった。でも、クリーニング代は?貰わなかったの?」

言われて初めて気付いて、椿はしゅんと項垂れる。

「すごく、びっくりして……。気付いたらもう居なかったの。急いでたからすぐに行っちゃったんだと思う」

謝罪さえ無かったと聞くと、ジュリオのみならず、生徒達も皆それぞれに顔をしかめたり、怒りをにじませた。
椿が怒ったり人を責めたりしない人だとわかっているから、余計に悔しいのだ。

「でも、すごく安いものだし。何年も前からよく着てたから、もう元はとってると思うの」

心配しないで。と、椿なりにフォローしたつもりだが、そういう問題じゃないと皆首を振る。
特にジュリオは悲しそうに。

「よく着てたってことは、気に入ってたんじゃないの?」

椿は言葉に詰まった。

「僕が預かる。もとに戻るようにしてあげる。ブラウスと、それと下着もね」

服は、ジュリオの仕事の範疇だ。
それは尊重しなければならない。

「ありがとう。お願いします」

凛とした椿の雰囲気が、彼によって優しくやわらかくなる。

「だけど、そのままの格好じゃ歩かせられないからね!僕の上着を貸すから、それを着ること。そしたら新しいのを買いに行こう。食事に行くならそれからだよ?」

椿はえっと驚き、慌てて断った。

「あの、上着を貸してもらえるだけで十分ですから」

しかしジュリオはダメダメと指を振る。
そして彼が普段着まで選ぼうと言い出すと、椿の動揺は目に見えてあらわれる。

「いえ、そんな。私はこうして墨を使いますし、汚れます。なので私が普段着ているものはもう何年も前に買ったものばかりで、それもすべてすごく安いんです。あなたのお仕事は尊重すべきだと思っていますが、私は今あるもので十分なんです」

ジュリオは数拍考えて、それならと食い下がる。

「わかった。それなら汚れても気にならない手頃なものにしよう。だけど譲歩はそれまで」

譲歩は引き出したものの、やはり支払いをするつもりだとわかると、椿は肩をおとした。
そしてむぅっと唇をとがらせる。
と、ジュリオはくすくす笑いだした。

「君は本当に遠慮深い子だね。自分に厳しい。気にせず甘えてくれていいのに」

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あきゅろす。
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