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短篇
15
ジュリオは、あまり感情的でない椿の心を動かし、表情を動かすことを楽しみにしている。
忙しい仕事の隙をみてよく電話をしてきてくれたり、デートにも連れ出してくれた。
初めて会った時に椿がショコラショーとケーキで顔をほころばせていたのを覚えていて、デザートが評判のレストランに連れていってくれた。

感情的になった時、または気を抜いた時に不意にこぼれる日本語にも興味を示し、その度にどんな意味?何て言ったの?と面白がってたずねる。
そして自分でも時々使ってみせ、椿を楽しませた。


「おいで」

ブティックの姿見の前で手招きをする彼は、次に着せたいドレスを持って待ち構えている。
椿をパーティーに同伴させると決めてから、これは自分の仕事の範疇だからとセレクトから支払いまで責任を持つと譲らなかった。
椿はこういったオシャレなんてことに疎い質だから選んでくれるのは助かるが、三軒目にもなると彼が選ぶものの価格帯がだいたいわかってきている。

「こんなに買わなくても……」
「ツバキは小柄で華奢だから、合うサイズでいいなってものがあると欲しくなっちゃうんだよ。気にしないで。これは半分僕の仕事で、半分は僕の趣味だから」

背後に立ち、鏡を見ながら服をあわせる。
それがとても楽しそうなので強く抗議できずに押しきられてしまうのだ。

「心配ないよ。これも全部僕の家に保管しておくから。仕事場でもある君の家で場所をとらせることもない」

確かにそんなに広い家でもないのでありがたい配慮だが、そんな心配をしているのではない。

「それにしても、このペースだと僕の家に君の衣装部屋ができちゃうねぇ。いっそのこと引っ越してきてもいいんだよ?」

鏡越しから直接覗きこんで、冗談めかして笑う。
彼のお金で買ったのだからこれらはプレゼントなんかではなく、彼のものだと思おうとしたって、そう簡単に割りきれるものでもない。
これが金銭感覚の違いというものか。

「でも……だって……私にはもったいないものばかりですし……。贅沢すぎます」
「そんなことない!君は僕に任せて甘えてくれればいいんだよ。楽しんで?」

そう。彼は、彼のやり方で椿を喜ばせ、楽しませようとしているだけなのだ。
だが、まだ気持ちがはっきりしたわけじゃないのにここまでしてもらうのは悪いと思ってしまう。
ラッキーだなんて気軽に喜んだりできない。
高額なプレゼントを貰って気持ちが揺らいだと思われるのも嫌だ。
だから上っ面だけでも喜んだ顔をすることが躊躇われた。
喜んだ方が可愛いげがあると思っても。

彼は何の先入観もなく、そのままの一人の男性として見てほしかったんじゃなかったのか。
これでは、彼の想いに応えることが難しくなる。

住む世界が違ったのだ。
金銭的なことが一番わかりやすくそれを実感させる。

この戸惑いに、気付いてほしい。
なのにうまく訴えられない。

「やっぱり君にはセクシーでゴージャスなものより、清楚で上品なのが似合う」

彼の方がずっと楽しそうだ。
そう思ったら、ふと思いいたる。
これは彼の仕事の範疇で、彼の趣味なのだ。
こうして椿が着せ替え人形になることでイマジネーションが刺激されたり、または気分転換になったりするかもしれない。なら、人形で居よう。
喜ぶことはできないけれど、人形になることならできる。

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