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短篇
13
彼に抱き締められるのは、緊張と安心という相反する感情が入り交じっていつまでも慣れることはない。
だから肩越しに目に入ったものの意味を考えられるまで、少し時間が要った。

「あっ!ジュ、ジュリオ!」

彼は名前を呼んだことを喜んでいるが、それどころではなかった。

「大変、下ろして!お花がしおれちゃうから…!せっかく買ってきたのに。ねぇーえってば」

困って、楽しんでないで聞いて!と頼むと、ようやく放してくれる気になったようだ。
肩をすくめて仕方ないというジェスチャーをして、しぶしぶといった調子で放置していた花を救いに行った。
花の無事が気になるあまり冷静さを失し、振る舞いに対する配慮が欠けていた。
ソファーに足をあげて後ろ向きに座り、背もたれにしがみついて見る。
戻った彼の手に花瓶に生けられた花を見つけて、やっと己の姿勢に気がまわり、慌ててただす。
見られてなかったかな?とこっそり上目で窺う。
が、ふっと吹き出されたので間に合わなかったのだと悟る。
あ〜、失敗した!という表情すら笑われてしまった。
彼は隣にぴったりと座って、肩を抱き寄せた。

「僕の仕事も、君と同じ創造する作業だから。美しいものや自然からインスピレーションがわくことがある」

仕事の話題ということもあり、興味を引いた。
真剣な彼の横顔を、あごを上げてじっと見つめる。
彼が半分仕事だと言っていた意味がわかった。
こうして花を見ることも、仕事に繋がるかもしれないのだ。

彼と椿の創造は違う。
彼は美しい世界を見つめ、椿は世界を排除する。
彼が椿を神職の様だと形容したのは、つまりそういうことなのかもしれない。
雑念を切り捨て、自分を見つめて、その中からわき上がるものを字にする。

「あなたが生み出すものは、きっと素晴らしいのでしょうね」

きらきらと輝いて、人々を笑顔にすることができるものだ。
彼の人柄に触れてそう思う。

「そんな僕の審美眼が、君を美しいと認めたんだよ?」

優しく微笑みながら、どこか冗談めかしたトーンで言う。
それを冗談でしょう!と受け流すより、驚きが大きく、真面目に返してしまう。

「あなたの見る世界に、これからは私も含まれるんですね。今、そう実感しました」
「そうだね。それも特等席だ」

大きな手のひらがさらさらと頬を撫でる。
それはくすぐろうとしているのか、肌の感触を楽しんでいるのか、ただ頬からあごの形をなぞって確かめてるのかわからない。
けれど慈しみ愛でられているように思えて、緊張の中で心地よさも感じた。

「あなたは私の目を開いて、世界を広げ、美しいものに気付かせてくれる。私にとって、あなたが特別な人であることは間違いありません」

それが、彼と同じ名前を持つものでなかったとしても。
今はそれが真実だ。

「君はとてもシャイだけど、大切なことはきちんと言葉にしようとする。やっぱり、言葉を大事にしてるからかな?君が誠実な人だからかな」

自分自身そんなに意識したことではなかったので、目を丸くしてさあ?と小首を傾ける。

「人の心を試そうと駆け引きをするなんて、君には思いつきもしないんだろうね。僕はそこが好きになったんだ。汚れのない、繊細な心が」

汚れない心かはともかく、恋愛もまともにしたことない人間に駆け引きなんてハードルが高い。
コミュニケーション能力に難があるのだ。

「私には、そういう計算は難しいです。なんだか、本当に……子供なんです」

真面目に答えているのに、彼はくすくす笑う。
何だろう?と困っていると、それこそ子供にするように頭を撫でた。

「君が子供って言うと冗談にならないよ」

若く見られるというより幼く見られることはよくある。
が、彼に見た目でまで子供扱いをされるのは不満で、むぅっと唇をとがらせるとますます面白がって笑う。

「かわいいね」

あっさりと、たった一言で霧散してしまう。
不満なんてどうでもいいかと。
穏やかな、包むような優しさ。
彼の微笑みを見ているとそれが感じられて、つい見惚れてしまった。

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