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短篇
11
「君を見かけて話しかけたくなった時、僕は叫びたくなったよ。だって、君がそのバッグを持ってたんだから。何て運がいいんだと思った」

椿は今も持っている祖母から受け継いだバッグを見た。

「年季が入ったものだけど、大事にしてるって一目でわかる。そんな人なら当然僕を知ってるだろうって、僕は自惚れてた。話しかけたらきっと喜んでもらえるだろうってね」

たまたま話しかけた人が椿の様な変わった人間だから興味を持ったのではなく、興味を持ったのがたまたま椿だったということだ。
椿はそれを聞いて嬉しかったし、そこで椿が変わった人間だと知っても彼が失望しなかったことも嬉しかった。

「だけど君はさっぱり僕を知らないみたいで、僕の作戦は空振りに終わった。マヌケだよね。でも、それでよかったと思う。君がとても魅力的な人だってわかったから。だって僕は、誰でもないただの一人の男として純粋に君と向き合うことができるんだから」

ぎゅっと手を握られると、動揺が挙動に表れる。

「僕はそれをただ面白がって、遊んでいたわけじゃない。信じて。君には何にも左右されずに、そのままのまっさらな心で僕を評価してほしかったんだ。君がもし僕が何者かを知ってしまったら、もう僕を見てくれないんじゃないかと不安だったんだよ」

だから彼は書道教室の生徒達に、椿が自然と気付くまでは彼のことを教えないよう頼んだ。
それを聞いた椿は、彼女達の怪訝な表情の意味がわかった気がした。

「僕は一目で君に惹かれ、話してみてその尊い魅力を知った。二度目は繊細な君の心に触れた。そして僕が君を支えて、守っていきたいと思っていた」

そして三度目の今日。
彼は椿の心に寄り添って、優しく包んで慰めてれた。
椿が短所だと思っていたところを、彼は魅力だと言って肯定してくれる。
こんなことがあっていいはずがない。
あまりに都合がよすぎる。
彼に甘えてしまっては、もっとずっと堕落してダメな人間になる。
理性ではそう必死に踏み止まろうとしているのに、この手に伝わる温もりが、眼前にあるのは幸福だと誘惑する。

「君が好きだよ、ツバキ。何者でもない、ただの一人の男として。こんな純粋な愛にはもう出会えない。僕はもう君を失うことはできない。応えてくれるだろう?ツバキ」

沢山の愛を囁かれて、胸がいっぱいで言葉が見つからない。
何か言うべきなのだろうが、溢れるのは熱い涙だけだ。

彼はそばへ来て、そっと椿を抱き締めた。
包んでくれる温もりやその大きさは、彼の心を体現しているようで、幸福な安心感をもたらす。
言葉にしようとすると難しいが、それが感覚的な真実で、答えなのだろう。
髪を撫で、愛しげに額にキスする仕草も、愛情として受け入れられる。

「こういうことは初めてで……。ごめんなさい、泣いてしまって……」
「初めて?」

驚いて聞き返されると恥ずかしい。
椿はきゅっと眉を寄せ、唇を噛んでうつむいた。

「それじゃあ僕は、君の初恋をもらえるの?」

大きい手が頬にそえられ、あごをすくわれて上向かせられる。

「うまく、説明できません。何て言ったらいいか……。自分の気持ちがどんなものか、自分でも……」
「うん、いいよ。ゆっくりでいい」

優しい指先で濡れた頬を拭いながら、甘く囁く。

「でも…っ。……でも、待ちくたびれて、あきれて、見放したりしないで……?」

彼は大きく首を振って、そんなことはあり得ないと示してくれた。

「あなたは、私にとって特別な人です。あなたのことをよく知らなくても、私の心はあなたのそばが一番安心します。知り合ってまもないけれど、それは確かな真実です。私は、あなたにこうして見ていてほしい」
「身勝手なことはしないよ。僕は君を傷つけたりしない。君に恋心が芽生えるまで、君がそれを自覚するまで、僕は君のそばでずっと待ってる。安心していい」

こくこくと何度も頷いて、混乱する心の中をかき回し、見つけてきた思いを何とか形にする。

「例えば、あなたの言うように、あなたのことを知った時……。もしかしたら、動揺するかもしれません。だけど、わかってください。そのことであなたにがっかりされたくない…っ」

想像すると悲しいから、言葉を尽くして必死に訴えた。

「君を傷つけるようなことはしないよ。約束は守る」

誠実な彼の言葉は、椿を安堵させた。

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