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短篇
10
のどかな農村を抜けると、ひたすら緑が広がる田園風景になった。
用が無いと、観光もしないから貴重な経験だ。
ぽつぽつと家はあるが、なだらかな丘の方には家々がかたまっていて、緑がまだらに見える。

「風景が芸術作品みたいです」

これを絵に描いたり、写真におさめたくなる気持ちが理解できた。
顔を見合わせ、自然と微笑みあう。


車は丘の上へ向かい、着いたと言われたのは緑に囲まれた家だった。
芝生を通る長いアプローチの先に、お城の様な三階建ての歴史を感じる立派な豪邸がある。

彼は荷物があるから自分で降りようとしたのだが、またドアを開けて椿をエスコートしてくれた。

「さ、入って」

ホールを抜けた先の広い客間は、高そうなアンティークの調度品に溢れていて、本当にお金持ちの家なんだと実感する。
大きな窓から光がたくさん入って、白い室内が更に輝いて見える。

彼はテーブルに花を置くと、座って待っててと言って何処かへ行ってしまった。
椿はソファーに浅くちょこんと座って、緊張してじっと待っていた。
何か粗相をして物を壊してしまったら大変だ。

戻った彼は両手にサンドイッチが乗った皿と、グラス二つにボトルを持っていた。

「お腹すいちゃった!ツバキも食べよう。シャンパンは飲める?」

こくりと頷くと、彼はにこりと微笑んでシャンパンを開けた。
グラスに輝く液体を注ぎながら、何に乾杯する?と問う。
君の瞳に……とか、二人の出会いに。だとかいう文句は何処かで耳にした覚えがある。
けれどしっくりこない気がするし、他にも言葉が思い浮かばない。
考え込む椿にくすっと笑って、彼はグラスを寄越す。

「それじゃあ、そうだな。“二人の未来に”?」

それは少し照れ臭いけれど、違和感無く受け入れられる言葉だった。

「二人の未来に」


サンドイッチはフランスパンにハムとレタスを挟んだシンプルなものだが、とても美味しい。
食べながら、ところで……と疑問をぶつける。

「ここは誰のおうちですか?」
「えっ?」

半分笑って驚きの声をあげ、彼は逆に聞き返す。

「今まで誰の家だと思ってたの?」

また何か変な誤解をしているようで、頬が熱くなっていく。
誰の家かはわからないが、推測できることならある。

「お金持ち……?」
「そうだろうね。この家なら。それで?」

それでと言われても、それだけだ。

「この家の住人がバカンスの間に借りてるのかな?とか、ここは別荘で、不在の間に管理をしてるのかな?とか……」

可笑しそうに笑いをこらえられると尚更羞恥が増して、言葉が尻つぼみになる。

「そうだね。確かに、ここは別荘みたいなものだよ。でも、オーナーは僕だ」

せめて家族のものならまだ納得できるが、本人のものだと聞いて椿は目を丸くした。
それに対して彼も驚いて、吹き出した。

「面白いね!いいよ。僕はこういうのを求めてたんだ」

二十代後半か、行っていても三十代前半くらいに見える若さで知らないのがおかしいほど有名な人。
しかもこんな立派な別荘を所有している。
そんな人を知らないという椿は新鮮で、おかしく映ったのだろう。
しゅんとして項垂れる椿の頬に、彼の長い指の背が触れる。

「ツバキ」

ご機嫌をうかがう言葉と仕草は優しく、そこから気遣いが伝わる。
上目でそろりと様子を見る。

「ごめん。説明させて?」

歩み寄るように、テーブルの上に彼が手を広げる。
その手の上へ乗せた指先がとらわれ、包まれると、話し合おうという気になれた。

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あきゅろす。
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