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短篇

「待って」

車が止まったから降りようとすると制止されたので待っていると、彼はぐるっと回ってわざわざドアを開けてくれた。
そして手をさっと差し出してくれた。
微笑に促されてその手をとる。

「ありがとう」

すみません。より、こんな時はこの方が彼に喜んでもらえると思った。
こんな扱いをされると、単純だが大事にされていると感じられる。
背に手をまわして歩いたり、足元が不安な時は体を支えてくれたり。
女性に対するマナーに過ぎないのかもしれないが、例え些細なことであっても、相手が彼だから嬉しいと思えるのだ。

街中から離れ、自然の多い場所へ来たと思っていたが、着いたのは花農家だった。
彼は旬の花や新種の花を次々と選んでいく。

色々な花を眺めるのは楽しいけれど、半分仕事だと言っていたので、邪魔をしないようにおとなしく着いていくだけだ。
農園で販売しているジャムも一緒に買った。

車に乗って走り出してから、疑問を率直に口にした。

「お花屋さんなんですか?」
「え?僕が?」

また面白がっているような反応だったので、変な間違いをしたのだとわかる。
恥ずかしくなってうつむくと、やはり彼はくすくすと笑った。
ムッとしたくもなるが、待ってと言われているので我慢だ。

「ツバキはそういうところが魅力だね」

何処が?と不思議に思って横顔を見つめると、一瞥して語る。

「純真無垢なところ」

思ってもない。自分とかけ離れた表現が出てきて、何を言ってるんだろう?と首を傾げるばかりだ。

「最初に会った時に思ったんだ。いや、君を見つけた時に思った。何て神秘的な雰囲気を持つ人だろう!って。話してみて確信したよ。この人は清らかで崇高な精神を持つ人なんだってね」

彼は自分を買い被っている。
そう思い眉間にシワをつくったが、それを見た彼は首を振って否定した。

「いいや。僕にはそう見えた。自分の仕事に真剣に向き合ってる。余計な雑音は一切耳に入れずにね。それは神職の様だ。尊敬するよ。そんな人が僕のように俗っぽい人達の中に居たら、そりゃあ大変だろう!だから僕が少しでも君のために何かできたらって思った」

実際、彼は椿を理解してくれていると思うし、寄り添って支えてくれたとも思う。
彼の言動の動機を知り、納得がいった。

「そんな君だからこそ、とってもチャーミングなんだ。誰に何て言われようとね」

卑屈なほどに卑下し、自虐的になっている椿を肯定して認めてくれる。
協調性に欠けた変わり者の椿の生きづらさを察し、助けてくれる。

「あなたの方こそ、神様みたいです」

彼は大袈裟だと笑うけれど、彼が椿を神職と表現するように、椿にとってはそうなのだ。

「あなたのことは名前と日本好きってこと以外知らないけれど、優しくて誠実な方だってわかります。あなたのような人は会ったことがありませんでした。いえ、本当は居たのかもしれないけど、見えなかったのかも。見ようともしなかったのかも。多分、あなただから見えたんでしょう」

まばゆい光で照らし出し、目を開かせてくれた。
彼の誠実な理解は心強く、救いになった。

「よかった。君に見てもらえて」

独り言ちるように、彼は静かに呟いた。

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あきゅろす。
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