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短篇

既に彼との間でも前科があるので、言っておかねば不安だった。
それは、彼に失望されたくないという思いの現れだ。

「あの、変なことを言いますが……」
「うん、いいよ。何?」

声色だけではない。
優しく、すべてを受け止めてくれるような言葉が緊張をほぐしてくれる。

「前にも言ったと思いますが、私は人と会話をするのがヘタで……。だからよく知らずに失敗してることがあるんです。それで、あなたにもまた面倒をかけたり……不快な思いをさせるんじゃないかと……」
「いいんだよ。僕には気を使わないで」
「でも、あなたを裏切るようなことはしたくない」

そうならないように頑張りたいと思えた。
そして、もしそんなことになったらそれは本意ではないとわかってほしい。
思いをこめて見つめると、再び手の甲にキスが降る。
はっと息をのむと、その反応を彼が笑う。

「ねぇ、これから時間ある?」

疑問符を浮かべながらも、質問に頷く。

「よかった!行きたいところがあるんだけど、付き合ってくれないかな」

何処へ行くかも聞いてないのに、思わず頷いていた。
手を引いて立たされると、彼との距離感が近いと感じた。
少し戸惑いはあったが、不快感や拒否感は無かった。

「まぁ半分仕事みたいなものなんだけど、このまま君と離れたくなくなった」

より直接的な言葉で表現されると、勘違いだったのかもと自分をごまかそうとする努力があっさり無駄になる。

「お邪魔でないなら」
「ジャマなんかじゃないよ。もしもそうなら誘わないでしょ?」

謙遜や卑下が身に染みついていて自然に出た言葉だったが、そうするのがマナーだと思ってしたことでも通じないことがあるようだ。

「えっと、じゃあ……。ご一緒させてください」

考えて言い直すと、彼はふっと笑った。

「ええ、もちろん」

少しおどけて、うやうやしく手を引いてみせる。

運転する横顔はさすがにきりっと引き締まっていて、楽しげな笑顔はない。
つい見入ってしまいそうで、無理に視線をそらす。
何処へ行くのか聞こうと思いついて顔を向けるが、仕事に関係するようなことを言っていたので躊躇った。
一度開いた口を閉じて、前を向く。
しかし彼が連れていってくれると言ったのだから聞いたって構わないのかも、と思い直す。
彼は自分のことを知ってほしいと言ったのだし。
三度。彼へ顔を向ける。
と、彼がふっと笑う。

「何?」
「いえ、あの……。何処へ行くのかな?ってのと。今度はあなたについて教えてもらえるのかな?って」

彼は悪戯っぽく笑って、そうだね。と言ったきり、やっぱり何も説明してはくれなかった。
唇を尖らせて少し拗ねる。
書道教室の生徒達が、知らないのはおかしいというようなことを言うくらい彼は有名なのだろうに。
椿は知らない。
彼はそれを面白がって楽しんでいるのだ。

指の背で頬をくすぐられて、びっくりして思わず身を引く。

「へそを曲げないで。イジワルしてるわけじゃないんだ。もう少し待って、ね?」

そう言われたら、不満はすんなり引っ込んだ。

「はい」

それを見て彼が笑顔で頷くと、従順なペットが飼い主に褒められたかのような感覚に陥る。
だがそこに反発心は無かった。
逆に安心感をおぼえる、面白く、心地よいやり取りだった。

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あきゅろす。
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