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短篇

彼に寄り掛かっていたら次第に落ち着いて、悲しみも和らいでいった。
冷静になるとこの状況が恥ずかしくなり、そろっと彼の反応を窺う。
そこには穏やかな微笑みがあって、椿はほっと安心した。

「あの、ありがとう」

そっと胸を押して暗に放してほしいと訴えるが、彼は大丈夫?と目で問う。
こくこくと頷くと、ようやく放してくれた。

「タイミングがよかったね。君がつらい時に、こうしてそばに居てあげることができた」

指の背でくすぐるように、頬を撫でて微笑む。
そうされると、つい、つられて頬がゆるんでしまう。
そのくすぐったさに耐えきれず、顔をぱたんと両手で覆う。

「恥ずかしいです」

彼はくすくすと笑いながら、どうしたの?とからかうように問う。

「こんな……ところを、見られてしまうなんて…っ」

“泣いていた”という言葉も口にしたくなくて避けた。
それほど普段からは考えられないのに、彼ならば受け止めてくれるだろうと思ってしまったのだ。

「よかったじゃないか、僕で。それとも僕じゃない方がよかった?」

指の隙間から窺ってから、ゆっくりと顔を出す。
こうしてきちんと向き合って、目を見て、耳を傾けてくれるのは彼ぐらいだ。

「私はこの仕事以外に無関心で、鈍感で、自分のことにすら無頓着で。未熟でつまらない人間です。そう自覚しながら自分を曲げられない、不器用で頑固な人間です。日本人形って言われるのも当然。だけどそんな私にも、丁寧に向き合ってくれるのはあなたくらいです」

膝の上で握った自分の手を見ていた。
反応を恐れながらも、正直に打ち明けたいと思っていた。

「あなたが来てくれてよかった」

また当たり前のようにこうして来てくれるとは思わなかった。
それを今嬉しく思っていることに戸惑いを覚える。

「“誰が”だって?」

にっこりと微笑む彼の目が悪戯な色を放っている。
勇気を出して言ったのに、二度も言わせようとするのは酷い。

「あなたが」

きゅっと眉根を寄せて言ったのがいけなかったのか、もう一度と要求された。
それに反抗して唇を噛む。
と、彼の意図を察する。
あ。と口を開けてから、失敗したと思っても遅い。
知らん振りをすればよかった。
彼の視線がさぁ言ってと急かしている。

「……ジュリオ」

彼に誘われたら断れなかった。

「ツバキ」

手をとって包まれる。

「酷いことを言われて傷付いたんだね。でも、自虐的になる必要はない。君が魅力的な人だって知ってる人間が、ここにちゃんと居るんだから」

目を伏せると、彼は信じられない?と首を傾げた。
彼を信じられないというよりも、自分が信じられないのだ。
黙っていると、彼が言葉を続ける。

「僕の言うことなら信じてくれない?」

自分よりも、彼ならば信じられる。
その思いが眼差しで伝わったようで、彼はにこっと笑って頷いた。
そして、ねぇ。と穏やかに彼の声が響く。

「僕はもっと君に信頼してほしいんだ。そのために、君に僕を知ってほしい」

握られた手が引き寄せられる。
かと思うと手の甲が彼の頬に触れ、ちゅっと音を立てて軽くキスをされた。
目をまんまるくするのを、彼がふっと吹き出して笑う。
なのに不意に真剣な顔に変わり、心臓がどきりと跳ねた。

「僕にチャンスをくれるね?」

何の話?とか、直感的に受け止めたものを疑ってはぐらかそうとすればそうできる。
でも、素直に彼に応えたいという衝動が大きかった。
彼がくれる想いが嬉しいと感じたから。

言葉にはならなくて、きゅっと手を握り返してこくりとひとつ頷く。
まだはっきりとしないけれど、こうして寄り添ってくれることが心強く、それを嬉しく思うのはわかる。
彼に笑みが浮かぶ度、心が温かく、ほぐされていくような気がするのがわかる。

「何だか、こわいです」

こんなことはなかったから。
これからどうなってしまうのかがこわい。

「ツバキ。僕は絶対に君を傷付けるようなことはしない。約束する」

だから恐れないでいいよと、彼は力強く言った。
彼ならば誠実に、その約束を守ろうとしてくれると思えるから、彼を信じることができる。

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あきゅろす。
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