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短篇

「シャイっていうより、陰気よ」
「ジュリオ・ファリエールも知らないなんて」

ぐさりと胸に突き刺さる。

「女であることを放棄してるとしか思えない。日本人は仕事しかしないって本当ね」
「日本人形より私達の方がずっと彼にふさわしいと思うけど」

感情が表情に直結しない質でよかった。
いつも通り。
何も聞いていないかのように平静を装えた。

考えるのは後でもできる。
感情を切り放して、目の前の仕事をこなすことに集中した。

一人になって一息つくと、波の様に言葉が押し寄せる。

日本人はシャイだと言うが、確かに、自分の場合は陰気だと椿は思う。
彼のことを知らないのも本当だ。

今まで、どうしてもこの人が必要だと感じる相手に出会わなかったから、恋らしい恋もしたことがない。
飾り気もなく、オシャレという言葉から縁遠い。
仕事のことしか考えていないのも本当だ。

日本人形と言われるほど感情の起伏が表に出ないのだって、彼と一緒に居る人間として相応しいかどうかだって。
全部、彼女達の言うことは正しい。

なのに。
いつの間にか涙が溢れていた。

すごく悲しいのは何故だろう。

日本人だという点を挙げて非難されたことか。
半分は同じフランス人でも、やはり違うものだと拒絶されたようでさみしかった。
日本文化によって彼女達と共感できる部分を持てたと感じて嬉しかったのは椿だけだったのか。
事実であろうと、非難されれば心は痛む。

そして、無視できないのは彼のことだ。
少なくとも椿は親日家の人と出会えてよかったと思っている。
相手がどんな人か、くわしいことは何も知らなくたって。
なのに彼を知らないというだけで、その時間も否定されてしまった。
いや。そもそも、椿のような人間が彼と出会ったことを否定されたのだ。

人格を。
人間性を否定された。

人と同じつもりでも、ぶつかって弾かれる。
それは生きづらさに繋がっている。
だから傷付かないように、それらを不必要なものだと自ら弾き出す悪習を覚えたのだ。


「ツバキ!こんにちは!」

びくりと肩を跳ねさせて身を固くした椿は、ひくりとしゃくり上げるのを堪えながら、急いで頬を拭った。
表から見えないように背を向けていたお蔭で泣き顔を目撃されずに済んだが、ピンチはまだ過ぎ去ってない。

「約束通りまた来たよ」

近付く足音で焦る。
目を擦ったら泣いたことがわからなくならないだろうか。

「ツバキ?」

肩に触れる温かい手のそこから、彼の優しさが流れ込んでくるようだった。
けれど後から恐怖と羞恥が追い掛けてくる。
言葉を失う彼と目が合い、咄嗟に顔を背けた。
言い訳は何も思い付かず、ただ小さくなって固まるしかなかった。

無防備に心をさらすのは恐い。
そしてそれは恥ずかしいことだった。

「ツバキ、どうしたの?何故泣いてるの?」

彼は屈んで覗きこみ、優しく気遣ってくれた。

「ほら、こっちを見て。理由を言ってみて?聞いてあげるよ」

囁くように言って、大きな手が頬に触れる。
抵抗する間も無く彼の方へ向かされてしまい、みるみる頬が熱くなっていく。
まともに目を見れず、うろうろと視線を泳がせる。
何とか言葉を絞り出してこの状況をごまかそうと試みるが、漏れたのは弱さだった。
ひくりとひとつしゃくり上げると、それを合図に再び視界が潤む。

「ふぅえ…っ」

彼の温かい心に触れたら、我慢できなかった。

「よしよし。大丈夫だよ」

頭を撫で、腕を擦り、ハグをして背をぽんぽんと叩く。
大きな心で包んでくれる安心感がますます涙を呼んだ。
どうして知り合ったばかりの人に……と思うのに、寄り掛かってしまう。
ただ何となく、直感的に、この人なら嘲笑しないと思ったし、ぞんざいに捨て置いたりしないと思ったのだ。
真摯に椿と向き合ってくれる人だ、と。

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