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短篇

「ツバキ、大丈夫?落ち込まなくていいよ」

肩を撫でて、彼は真面目に励ましてくれた。
怒ったり面倒がったりせず、こんなに丁寧に会話に付き合ってくれる優しさが素直にありがたくて、嬉しかった。
この親切さにつけこんで、自分を甘やかしたくなる。
けれどよくないと自制して、感情をぐっと抑え込む。

くすっと小さく吹き出したのに反応して顔を上げると、彼は笑いながら謝った。

「君はとても知的で冷静だから、動揺して感情的な一面が見えるのはいいよ。チャーミングだ」

彼はいいように表現してくれるが、椿は冷淡で無愛想、多くのことに無関心で、薄情な人間だと自己分析している。
改めるべきだとは思っていても、人間性はそう容易く変わらないようだ。
心の何処か片隅で、本当にその必要があるのかと疑って居直ってしまっているのが悪いのだ。

にこにこと楽しげに見つめるので、椿は首を傾げて暗に何ですか?と問う。
すると彼はまた吹き出した。

「やっと少しだけ君の心が垣間見えたと思ったのに、もう隠れちゃったね」

残念だと首を振るが、本気か冗談かはかりかねる。
卑屈になって言葉をひねくれた解釈をするのではなく、本来ならば今のを言葉のまま褒められたととるべきだったのかもしれない。
そして素直に反応するのが正解だったのだ。
それが恐らく可愛いげのある女性の反応なのだろう。

「あの……」

やりとりが難しくて混乱してくる。
そんな困った様子を、彼は面白がる。
最早残念だと言ったその言葉も本気か、それとも困らせるのが目的だったのか真意がわからなくなってくる。

「ツバキ」

突然真剣な面持ちで呼ばれて、椿ははっとして背筋をのばした。
緊張して、体が強張る。

目の前にのばされた手と彼の顔を見比べて、何を求められているのかと考える。
手を出してと言われて右手を上げたが、不安になって躊躇う。
しかしもう一度呼ばれて指をとらわれると、何も考えられなくなった。

「またここに来ていいかな?」
「はい。あの…っ、もちろん。いつでも見学にいらしてください」

彼に微笑みが戻るとほっとした。

「うん、また来るよ。君に会いにね」

長い指が、握られた椿の手を撫でる。
彼の言葉と行動は一致している。
けれど、それを何故自分にするのかが理解できない。
これは女性に対する単なるサービスで、軽いお世辞のようなものととればいいのか。
そう思えば、彼の真剣な眼差しに胸が苦しくなった訳を馬鹿だったと笑い飛ばすことができる。

「次は君を笑顔にさせられるようにがんばるよ、ツバキ」


何故なのか。理解できない。
きっとまた誤解があるに違いない。
そうでなければ、ハンサムで女性に人気がある彼が自分なんかを相手にするわけがない。
たまたまカフェで会ったような変な女を。

やはり日本が好きだから、単純に日本について勉強したいとか。
異国で頑張る未熟な人間を放っておけなかったとか。
どちらにしろ、彼はきっともう来ない。


次の書道教室では、来るなり生徒さん達が三人とも椿を質問攻めにした。
彼とどうして、いつ知り合ったのだと。
事実をそのまま説明するも信じられないようで、納得がいかない!と興奮している。

「やっぱり、有名な人なんですね」

彼女達の反応から、なかなか会うことができない人なのだと察せられる。
何気なく呟いた椿の言葉に、女性達は叫ぶように驚いた。
あの人を本当に知らないの!?と。
とぼけてるんじゃないかと疑い何度も確認されるほどだ。
しかし彼女達は呆れるばかりで、結局何も教えてはくれなかった。


椿はまず、カウンター内で生徒さん達のコーヒーをいれる。
その時だ。
“日本人”という単語を拾って、彼女達の会話に注意が向く。
いつも自分の作業をしている時は聞き耳をたてるようなことをしないのに。
だから普段から何の反応も見せないし、会話に加わるようなこともない。
彼女達は、椿がそういう人間だと承知している。
なので、椿と気安く世間話をするようなこともない。
自分から積極的に話すということがほとんどない、無愛想でつまらない人間だから、友人として親しく付き合うには難しいのだ。

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あきゅろす。
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