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短篇

「ところで、ねぇ。こないだ聞き忘れたんだけど、君のカンジはどんな意味があるの?」

先日会った際、教室の住所を教えるのに名刺を渡していた。
そこには椿の名前に漢字も併記している。
が、当然その漢字の意味までは書いていない。

「ツバキは椿です。木に春で椿。ユキムラは雪と村」

空中に指で書きながら、漢字の意味を説明する。

「椿は花が丸ごと落ちるんです。それが首が落ちると連想されて縁起が悪いと思われることがあります。でも名付けてくれた父は、その潔い生き様が好きだと」

それに苗字が雪村なので、雪の中で咲く強く美しい椿を想像したそうだ。

「すごい。とても日本的だ。桜もそうだね。散ることを潔いと言って好む。君は本当に日本的な魅力を持ってる人だ」

彼はあくまで日本が好きで、日本の魅力について語っているので、自分が褒められているという解釈にはならなかった。
だから椿は「そんなに日本を好きになってくれて嬉しいです」と答えた。
彼は眉を上げてひょうきんに笑った。

作品の解説をしている間に生徒さん達は道具の片付けを済ませ、椿が挨拶をすると帰っていった。
だが名残惜しそうにちらちらと何度も振り返っていた。

緑茶を飲む彼をじっと見上げると、彼は眉を上げて笑みをつくり、どうしたのかと目で問う。

「ファリエールさんは、有名な方なんですか?」

首を振ったかと思うと、彼は指を揺らして言った。

「ジュリオでいいって言ったでしょ。それじゃあ他人行儀だ」

他人だから礼儀を尽くす必要があると思ったのに、考え方が違うようだ。
フレンドリーで距離感が近い彼に合わせるのはハードルが高く、戸惑いが大きい。
でも……と躊躇う椿に、ほら。と促す。
押し付けられて嫌悪感が無いのは、やはり彼の人間性だろう。
だから押しきられてしまう。

「……ジュリオ」

彼は子供を褒めるように、そうだ!と大袈裟に喜んだ。
確かに、コミュニケーション能力でいえば彼にとっては椿は子供だ。
それが恥ずかしくなって、慌てて話をはぐらかされまいと戻す。

「あなたは有名なんですか?生徒達があなたと会えてずいぶん感激していたようです」
「そうだね。そう見えたんなら。でも君は知らないんでしょ?」

素直に頷く。
が、彼の微笑みは消えなかった。

「それなら有名とは言えないかもね?」

重ねて聞いても明確な答えが無いのは、聞かれたくないということだろう。

「ごめんなさい」
「何?どうして謝るの?」

彼は驚いて両手を広げ、不思議そうに聞いた。
それが椿にはわからなかった。

「え?だって、聞いてはいけないことを聞いてしまったんだと思って……」

彼は目を丸くして何か言おうと口を開いたが、驚きと戸惑いで混乱しているようだった。

「ごめんなさい」
「今の謝罪は何?」

椿は途端に悲しくなった。

「見当違いのことを言って混乱させてしまったようなので。すみません。私、人と会話をするのがヘタなんです。すれ違って、ちぐはぐになる。だから字を書く方が楽です」

こういう時に情けなくなって、悲しくなる。
唇を噛んでうつむくと、大きな人がわざわざ身を屈めて顔を覗きこんだ。

「ツバキ。謝らなくていい。自分を責めないで。いいよ、ゆっくりひとつひとつ話そう」

さぁ。と促されて、彼と並んでカウンターに座った。

「思い出したよ。初めて会った時もそうだったね。僕は君をロマンティックだと言ったつもりだったけど、君はそうとらなかった。あの時は些細な誤解で、よくあることだと思った」

そうだ。椿は自分のことを言われたとは思わなかった。
そんなことは起こらないと思い込んでいたから。

「そして、さっきだ。君は僕に有名なのかって聞いたよね。でも僕ははぐらかした。だから君はマズイことをしたと思ったんだね」

椿はひとつひとつ頷きながら聞いていた。

「でも僕は、君が“ごまかさないで”って問い詰めると思った。本当は何なの?って、知ろうとしてくれるかと……。そう、僕は自惚れてた。それで少しじゃれて遊ぼうと思ったんだよ。言葉でね」

椿が急に謝った訳がわからず、彼は驚いて混乱したのだ。
そうとわかると、やはり失敗してしまったと申し訳ない気持ちがわいてくる。
そして未熟さ故にこうして幼い子供を相手にするような面倒な手間をかけてしまっていることを恥ずかしく思う。
頬が紅潮するのを感じ、それがまた恥ずかしくてうつむいて顔を隠す。

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