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短篇

外国のオシャレなカフェのテラス席で優雅にコーヒーを飲む。
なんてことに憧れたことはないのに、ほぼそれと同じことをしていると思うと不思議だ。
実際はオシャレかどうか判断できないし、ただ地味に本を読んでるだけだし、飲んでるのもコーヒーじゃなくてショコラショーだ。

海外への渡航も、フランス語も、こうしてカフェに居ることも。
日常の中で必要だと思わなければきっと関心は無かったろう。
能動的に自分の中に新しいものを取り入れることに興味が無い。
頑固で融通がきかない、狭量な人間だと思う。
もっと視野が広く、物事を柔軟に受け入れられるようなら、人間的な魅力のある人になれたかもしれない。
そうすれば仕事にもどう影響するかという点で興味もある。
それが今の自分に必要か否か、がひとつの判断基準として重視しているところからするとそうしてたっておかしくない。
が、そうしないのは、未熟という一点につきる。
人間性においても、書道家としても。

今の自分のありったけで字を書くので精一杯で、器を広げようとするところまで余力が無い。
それはいつか、年齢が解決するのだろうか。
そう未来へ期待するのは怠慢か。

一度仕事に入って集中すると寝食すら忘れがちになるので、自分のことに構っていられない。
元々自分を飾ることに無頓着で関心を持てなかったから、普段メイクすることもない。
仕事で公の場に出る時くらいだ。
そんな人間なので、こうしてカフェでのんびりする時間は贅沢な楽しみだった。

家から近いカフェで甘いショコラショーを飲む。
しかしそれも必要の範囲内で、そこからたまには冒険して新しくカフェを見つけるまではしない。
気弱で臆病な、保守的な人間。

雪村椿は、自身を日本人的だと認識している。
だがそんな評価とは裏腹に、椿は中身ほど外見が日本人ではなかった。
父は日本人の母とアメリカ人の父との間に生まれたハーフで、母は親日家のフランス人だ。
身長は百六十センチ代半ばで骨格も華奢だが、色が白く、顔立ちだけだとぱっと見は日本人に見えない。
すっと通った細い鼻梁。
くっきりとした二重に、長いまつげ。
薄桃色の小さな薄い唇。
髪は茶色がかってはいるがほぼ黒で、虹彩は濃い茶色。
そんな外見なのに椿が読んでいるのは、漢字の成り立ちについての分厚い本だった。
これも仕事に繋がる必要なもので、楽しみのために恋愛小説を読んだりはしない。

甘いショコラショーだって、自分でつくるココアとは違う。
カフェでしか飲めないからわざわざ来るのだ。
椿にとって、それだけで贅沢なご褒美のデザートだが、今日はもう一つ贅沢をしている。
本に影が落ちて、来た!と顔を上げる。

「やぁ」

黒いジャケット、白いTシャツにジーンズというシンプルな格好の男性が椿を見ていた。
椿からすると外国の人は大概皆大きいが、例に漏れず男性も長身で体格がいい。
座って見上げているのもあって、圧迫感を感じて少しのけぞる。
親しげに声をかけられたので思わず口を開いたが、何せ見知らぬ人なので戸惑って言葉が見つからない。
男性はあたかも椿と待ち合わせていたかのような雰囲気で、にこやかに椿の返事を待っている。
驚いたし戸惑ったが、不思議と不躾で失礼だという印象は抱かなかった。
明るくほがらかな空気のお蔭か。
それよりも彼が椿に対してどういう返事を期待しているのかと疑問を抱き、ひとまず無難に答えてみるのがいいと判断した。

「……?えぇ、どうも」

にっこりと微笑む男性が変な人だとは思ったが、その後方に皿を運ぶ店員が見えたので、椿の関心はそちらへ移った。

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あきゅろす。
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