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短篇
16
親族に対面する際、ヘレンはレオの影に半分隠れるようにして立った。
農民であるという立場をよくわきまえているととられるか、卑屈でみすぼらしいととられるか。
わからないが、それが今のヘレンらしい振る舞いであることは確かだ。

「皆様、紹介します。彼女が僕の婚約者、ヘレンです」

ヘレンは照れて頬を染めながら、細い声で名乗った。
それはレオが知るヘレンらしいヘレンだった。

張り詰めた空気の中で厳しい視線にさらされても、それでもヘレンは静穏に微笑を浮かべていた。
それを小癪だと不愉快に思われても。
当て擦りを言われても。

レオはこの空気にいつまでも慣れない。
高貴で上品な世界に、低俗な農奴が図々しく入り込んできたというのが見えて不快になる。
そんな矜持なら捨ててしまえばいいと思っている。

落ち着いて見えたヘレンだが、ちらちらとレオへ視線を寄越しているのに気が付き、どうしたの?と目で問う。
こそっと、ヘレンはレオに囁く。

「レオ様が心配です」

心配しているのはレオの方なのに、虚を衝かれてレオは返す言葉を失った。

「険しい顔をしてます。今に怒りが弾けてしまいそうな……」

レオを助けたいという気持ちが伝わって、それだけでもう救われた気になった。
清らかで美しい心に触れて、気持ちが浄化されたのだ。

「君の顔を見たら忘れたよ」

レオにやわらかな笑みが戻ると、ヘレンもホッとして笑みを見せた。

そんな二人のやりとりを見逃さない目敏い祖母が、何をこそこそ話しているのかと吊し上げる。
これに対してレオは叔父に見せたような冷ややかな怒りは表さず、優美に微笑んでさえ見せた。

「このわざとらしく険悪な空気に嫌気がさしていましたら、彼女が心配してくれたのですよ」

口調が明るい分、突き刺すような皮肉よりは幾分和らいだ印象にはなる。
が、それもほんの一瞬のことだ。
上辺だけの愛想は見抜かれる。

「僕は彼女のお蔭で笑ってこのイスに座って居られるのです。ですが彼女が泣かねばならぬのなら、僕はここに居る意味を失うでしょう。僕は彼女を守ると誓いましたから。例え何を失っても」

表情を強張らせ、それぞれが素早く目配せしたところを見ると、単なる脅しではないとわかってくれたのだろう。
もしかしたら叔父が触れ回ったのかもしれない。

「あなたはそれでよろしいの?」

祖母は動揺することなく、レオに問いかけた。

「ようやく彼女を手に入れたのです。禁断の果実に手を出せば、楽園を追放されるものでしょう?僕は彼女が居ればそれでいい。幸福なことに、彼女もそう思ってくれている。それに、僕達はもう両親の墓前に報告を済ませました」

レオの覚悟を聞いた祖母は「そう」と静かに頷き、レオに対してそれ以上何も言わなかった。
認めたということか?と一同の中に動揺が走り、「それで」と口を開くと再び注視する。

「あなたは?」

視線が集中したのはヘレンだった。

ヘレンは目を丸くしてから、逃れるようにうつむいた。
膝の上に置いた手をもじもじと絡め、何か言おうと口を開くが、混乱して何も出てこない。

「おばあ様」
「あなたじゃないわ。ヘレンに聞いているの」

見かねたレオが助け船を出そうとしたが、すかさず拒否された。
が、祖母だけがヘレンを名前で呼んだことに気付かないわけにいかなかった。

ヘレン自身もハッとして顔を上げた。
真っ直ぐに注がれるおばあ様の視線を受けて、ぐっと腹に力を入れる。

「皆様から見たら……、私は、レオ様が背負うものの重要性をよく理解してもいない、不安な相手なのだと思います。実際、私は外からぼんやりと想像するくらいのことしかわかっていません。ですから、皆様が領主家やレオ様を心配してお怒りになるのは当然です」

ヘレンは一族の反対や攻勢を恐れ、怯えているのだとばかり思っていたレオは驚いた。
反対されることを予想し身構えていたレオには、冷静に相手の立場を推し測ることができていなかった。
事前の様子を見ていたら厳しい状況に耐えて過ごすだけでもよくできたと褒めたいところだったのに、ヘレンはレオよりも広い視野で考えていたのだ。
率直に感嘆し、より彼女が愛しくなった。

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あきゅろす。
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