ドラゴン 6 「エスが侮辱されるのも、故国を侮辱されるのも、俺は悔しいと思う。だけどそれより、大切な事が俺にはある」 父の国を侮辱されたリュウが悔しくないわけない。 それに気付いて、アキアは顔をそらした。 「自分を空っぽだと言い、命までもすべて人のものだと言いきれてしまうエスが……。人の為なら、いつか自分の命を投げ出してしまうんじゃないか」 アキアとハルは息を呑んだ。 「犠牲になれと言われたら、そうなってしまいそうで……。俺はそれが一番恐い。だから、俺達は最初に約束をした」 リュウの話を聞いているエスは別のベッドに座り、伏し目がちに、ただ静かにそこに居た。 感情が見えず、言われた通り口を挟まない事が逆に恐かった。 アキアとハルはリュウの言葉を噛みしめ、恐れ、答えを求めるようにリュウを見つめ返した。 『約束をしよう』 二人には、エスとのその約束を話した事はない。 「お前達は人よりエスの素顔を知ってはいるだろう。だけど、聖女様としても見てるだろう?」 沈黙は肯定だった。 「当然だ。お前達はエスに救われたんだからな。聖女様として尊敬するのはわかる」 けれどそれがエスを苦しめ、同時に救いもした。 エスは、とても泣き虫だった。 記憶が無く空っぽな器に女神ローズや聖女エセルを投影され、どんどん自分が無くなっていくようで恐いと、苦しんで泣いていた。 『恐い……恐いよ…!僕はどうなるの!?』 自分の持つ能力を恐れ、変わっていく周囲の態度を恐れた。 『僕は悪魔じゃないよね?邪悪なドラゴンじゃないよね?』 群集から押し出され、吊し上げる様に祭り上げられ、訳がわからないまま罵倒された。 『リュウは、違うって言ってくれるよね?僕は居なくなった方がいいなんて、リュウは言わないよね?』 泣き虫の、無垢な少年は、そうして追い詰められていった。 そしてある日、遂にエスは言ったのだ。 『ねぇ。お願い……リュウ……。僕を……僕を、殺して?』 バカな事を言うなと怒鳴ると、エスは泣きじゃくって懇願した。 もう生きていたくはないと。 エスは抱えきれなかったのだ。 聖なる呼称も、それに付随する重圧にも。 だから、二人は約束をした。 『エス。約束をしよう』 エスを生かしたいと思ったから、リュウはその約束をした。 『本当の自分を探しに行こう。探して、本当の自分を知って、それでもエスが絶望したら。それでもまだ殺してほしいって思うなら、俺が必ず殺してやる』 そのかわり、エスを殺したら自分も必ず死んで一緒に逝ってやる。 言うと、エスは頷いた。 『約束をしよう』 『約束をしよう』 そうして俺達は旅に出た。 アキアとハルは唖然として二人の顔を交互に見た。 「今でも、二人は死ぬ気なの……?」 「本当の事がわかったら、二人は死んじゃうの?」 初めて、エスが何か言いたげに顔を上げた。 しかしそれよりもリュウが早かった。 「違う。これはいずれ死ぬ為の約束じゃない。何とかエスを生かす為に、俺が絞り出した方便だった。俺達は互いの命を縛ったんだ。エスが勝手に死なないように、俺の命も握ってるんだという脅しだった」 エスはまたうつむいた。 「エスはその方便に納得して、生きる事を約束してくれた。俺は最初から、絶対にエスを殺してやらないつもりだ。だから最期までそばに居て、一緒に生きてやるという“約束”だった」 リュウが視線を向けると、エスはゆっくり見つめ返し、そしてまた目を伏せた。 「僕はとても弱かった。いや。まだ、きっと今でも弱いままかもしれない」 沈んだ声。 アキアとハルは、初めてエスの弱さに触れていると感じた。 「約束の意味は当然通じてた。最期まで一緒に居てくれるって」 当然という言葉と空気でアキアとハルは安堵した。 死ぬ事が目的じゃなかったんだとわかったからだ。 「リュウだってちゃんとわかってるよ。僕にはとても、リュウを死なせる事は出来ないって」 エスは顔を上げ、二人に微苦笑を見せた。 それは、言葉を多く費やさずとも、二人は通じ合ってるんだと感じさせた。 「生きる為の、リュウが僕を生かす為の約束だった。だけど……。だけど、僕は……」 エスの視線が揺らぎ、アキアとハルに再び不安が湧く。 「いつでもリュウが終わらせてくれるんだと思わなきゃ、生きていくのが恐かった」 [*前へ][次へ#] |