ドラゴン
2
リュウは話しているエスの腕から黙って荷物を預かり、ハルの大きなショルダーバッグに突っ込んだ。
「それで、今日はどちらへ?」
しっぽを振る犬の様に嬉しそうに問うエルは、どう見ても着いていく気だ。
「うん。個人的な用だから一人でいいって言ったんだけど。『病み上がりだから』って言われちゃって……」
当然です!と賛同した上で、エルは一つ提案をした。
「心配なので同行させて頂きますが、私用の邪魔になってはいけませんので、ワタクシ達は後ろから離れて見守っております。ねっ?」
その配慮は理解できるが、エルのストーカー行為に引き込まれたようで釈然としない。
アキアとハルは、エスが一人で出掛けるのが気になっていたが、いつもはぐらかされるのでそれ以上追求したことはない。
リュウに聞いても同じだったから、無理矢理暴くような事もしなかった。
知られたくない事があるのだろうと思ったからだ。
なのにリュウは二人に着いてくるなとは言わなかったし、エスも何も言わなかった。
「そう?退屈じゃないかな」
「お気になさらないでください。我々が勝手に着いていくのですから」
騎士団の事など、少しずつ二人にも明かされていく。
それはエスとリュウが、二人を次第に子供から卒業しつつあると判断してのことだと自覚していた。
水色の髪と真っ白のローブはただでさえ目立つ。
人混みでも紛れず、浮いて見えるのは、見た目の特異さだけが理由ではない。
そこだけ清浄な空気がある様で。
そこから歩く度にきらきらと光がこぼれていく様で。
何か人とは違う、品や神聖さがあるのだ。
離れて客観的に見てみるとそれがわかる。
十字教の陰謀を知ってから、教会に行くとアキアとハルは複雑な心境に陥った。
エスは何故、自分を邪魔にしている者の家を訪ね、穏やかに笑っていられるのか。
教会をいくつかまわった後、エスは地図を見ながら歩きだした。
顔を上げてもきょろきょろしているので危なっかしい。
「何処に行くんだろ?」
アキアとハルは顔を見合わせ、首をひねった。
エスは川を見つけると橋の上から見下ろしたが、ちらっと覗いただけですぐに行ってしまった。
小さな川だが水は汚れているように見えないし、護岸は整備されて綺麗だ。
興味を持ってもよさそうなものだが、そうでもなかったようだ。
それとも今は何かを捜している最中なので、それどころではなかったのかもしれない。
あちらこちらへ視線をはしらせ、かと思えばピタッと足を止める。
危なっかしい歩き方がハラハラさせているとも知らないで、エスはあごを上げすんすんと何かにおいを嗅いでいるようだ。
周囲に飲食店は無いし、花屋も無い。
一体何のにおいを辿っているのか、ふらふらと誘われていく。
その方向には高い金網がある。
「危ない!」
「フェンス!前!」
アキアとハルは咄嗟に叫んだが、届いたかどうかはわからない。
けれどもエスはすんでのところでピタリと止まったので、ひとまず安堵した。
フェンス沿いを歩いて看板を見付けるとそれで納得したと見えて、エスはそこから離れた。
リュウ達も気になってそこへ近づくと、鉄板で蓋をされた下からどどどっと水の音が聞こえてきた。
「別に臭くないけど」
フェンス越しに嗅いでみても、何もにおわない。
「貯水池ですね」
看板を見てエルが言うと、リュウが納得したように声をもらした。
「水のにおい、か」
自然が多いとはいっても、街中にあるので近付かないと水の音など聞こえない。
エスは、離れたところから人にはわからない水のにおいを感じて反応したのだ。
エルは素晴らしい!と感激したが、エスはここもそこまで興味をひかなかったようで、さっさと次へ向かっている。
「一体何を捜してるんでしょうかねぇ……」
川沿いをしばらく歩いても同じ調子で、地図を開いたままだ。
その時、地図をたたんだので、やっと目的の場所を見つけたのかと思った。
が、突然走り出したので、一同は急いで追いかけた。
「まく気か!?」
一瞬ひやっとしたが、また橋を見つけただけのようだ。
橋の上から川を見下ろしたが、今度は嬉しそうに顔をほころばせた。
それは無邪気な子供のようで、欄干から身をのり出してぴょんぴょん跳ねるのもハラハラさせられる。
「あーもう……」
とても恐ろしくて見てられなくて、エルは今にも走っていきたい衝動を抑えのに苦労した。
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