ドラゴン
第八話 我々が好く、誇らしき
部屋に射し込む日に照らされ、ひざまずく水色の髪が輝く。
数日振りの光景を然り気無く見ながら、リュウとアキア、ハルの三人は荷物をまとめていた。
朝の祈りを終えたその肩に、リュウがふわりとコートをかける。
二人の間に言葉は無いが、目配せひとつで十分通じあっているのがわかる。
それは二人にとって日常に埋もれてしまう何気ないものだったけれども、アキアとハルにとっては嬉しい事だった。
照れも無く互いに信頼や尊敬、愛情を表す行為がとても眩しく、人として尊いものに映ったし、保護者の絆を感じられるのは安心にも繋がるのだ。
ホテルの前には既に数人が待ち構えていた。
「聖女様!」
「青薔薇様!」
エスが出てくると彼らは声を上げた。
「お身体はもう大丈夫ですか?」
風邪で数日寝込んだだけで大袈裟だが、快気祝いの花束などを用意してくれていた。
「ありがとう。どうもありがとう」
エスはその好意をありがたく受け取った。
ほぼ同時にリュウがさっと後ろからトランクを引き取ってフォローする。
「御子さま!」
エスが請われて赤ん坊の頭を撫でていると、叫びながら近付く男があった。
集っていた人々は一瞬警戒したが、エスがにこやかに挨拶をすると安心したようだった。
「よかった!もうすっかり治られたんですね」
「うん。ありがとう。もう平気だよ」
聖女の微笑は安定して優美で、そして平等である。
エルは人々が去るまで待っていて、それからほぅっと息を吐いた。
「御子さまは慈愛に満ちた方でらっしゃる。さすが聖女となるべき、選ばれし器…!」
エルの出現にも慣れてきた一同は、つるつると溢れ出る賛美にも順応しつつある。
ふと、エスの手の中にパン屋の紙袋を見つけたエルの顔色が変わる。
「御子さま。食品を頂いたのですか?」
すんっとにおって中身が表示通りだと察すると、エルは眉を寄せた。
「御子さまへの好意をすべて疑うべきだとは言いません。けれど、中には異分子が紛れているともしれないのですから、一度騎士団を通してから……」
エスが目を伏せたのは拒絶の意志表示だと察し言葉を切ったが、それでも構わず続けた。
「もちろん、清廉な御子さまには人の好意を疑うなどなされないでしょう。それはワタクシ達周りの人間がする事です。ですから、それを我々に許してください」
リュウ達以外には、人々の好意を除けば、騎士団の警護しか許されていないのが現状だ。
「ワタクシ達に仕事をさせてくださ」
「エル」
沈んだ声色と共に右手を上げる動作一つで、エスはエルの言葉を止めた。
温かな日射しの様な眼差しは陰り、軽やかに流れる声色は重苦しく変じる。
「破滅的な考えだって叱られるだろうね」
自嘲の笑いをもらしたエスの腕の中で、カサリと紙袋が抱き締められる。
「人の暗い側面にばかり目を向け続けるくらいなら、僕は人を信じられた事を誇って毒殺された方がいい」
エルはまだ食い下がろうと口を開いたが、御子の意志には敵わないと察して諦めた。
「……そうですね。それこそ聖女らしい“生き様”です」
エルの懇願はアキアとハルにとっても心配だったから、エスの発言には不安をおぼえた。
けれどリュウは、批判され吊し上げられて、人の醜悪な側面を見せられてきたのを隣で見て知っている分、それでも見るべきだと強く言えない。
「ごめんね」
聖女に笑みは戻ったが、それは苦笑だった。
「いえ。御子さまにお考えのある事と気付かず、差し出た振舞いをしました」
礼は形ばかりでなく、敬意の感じられるものだった。
が、アキアはあえてちくりと意地悪を言う。
「エスがこんなに心が広くなけりゃあエルの差し入れだって受け取らなかったと思うけど」
自分を棚に上げて……と冷めた目で見つめられ、エルはショックを受けた顔でエスを見た。
聖女はにこやかだが、ハルが空気を読まず更に追い撃ちをかける。
それも悪意が無いから始末が悪い。
「そっか。青薔薇の教団の人って名乗ってたのも、結局ウソだったんでしょ?」
「しかもいまだに本当の正体を明かさないような人を信じてるんだよ。いくら黒蝶が大丈夫そうだって言ったからって、怪しいのにかわりないのにね」
アキアはちくちくと嫌味を言ってエルをいじめるのを楽しんでいる。
「御子さま!ワタクシは…っ」
エスはすがって弁解しようとするエルをなだめ、こら。とアキアを穏やかにいさめる。
アキアは肩をすくめ、にやっと悪戯っぽく笑った。
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