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ドラゴン

男は彼に見惚れた。

「大丈夫。いいって言われるまで逃げません」

やわらかい声。笑み。

「だから、ね?光と風を入れて、深呼吸してみましょ?」

男は言われるがまま頷いていた。
薄暗い部屋に光が差し込む。

「きっと幸せを感じられますよ。空を見て、流れる雲を見るだけでも」

青空を眺める聖女を男は眺めた。

「窓も開けていいかな?自然の水を感じたいんです」
「自然の、水……?」

エスは男へ手を伸ばし、窓際へ導いた。

「すぅっと深呼吸をするとね?感じるんです。水のにおい」

まるで空に触れるかのように、白い指先がつっとガラスを撫でる。

「僕はそれがとても好きです。幸せになれる」

男が窓を開けるとエスは子供の様に袖を引っ張って、男に空を見せたがった。
自分が浸るよりも先に、だ。
それが男には嬉しかった。

「ほら、ね?気持ちいいでしょ?」
「……っ、はい…!」

いくら勉強してもわからない。
この素晴らしさを、どう言葉にしていいか男にはわからなかった。

ぐぅ……とお腹が鳴って、男はびっくりして目を丸くした。
エスはふふっと笑い、お腹を押さえた。

「お昼食べ損なっちゃって」
「じゃあ、何か…!待ってください」

棚をがさがさ漁る男の背後から覗くと、古そうな缶詰が転がっているのが見えた。
誘拐された身だとか、自分の事を一切棚に上げたエスは、薄暗い部屋でこんな食生活を送っている目の前の人物に心を動かされた。

「そうだ!ねぇっ。外に食べに行こう
?窓から公園が見えたから、何か買ってそこで。ねっ?」

声を弾ませ、楽しそうに笑う。

「何故……。こんな目にあっても、貴方は楽しそうなんですか?」

エスはまずきょとんとして、そして笑い飛ばした。

「さぁ?多分そういう、楽天的な性格なんですよ」

うつむき、押し黙る男にエスは優しく語りかけた。

「綺麗な空気を吸うと、心が澄んでいく気がしませんか?」

男はピンと来ず、曖昧な声を漏らした。
するとエスはベッドに腰掛け、涼やかな声色で語った。

「奇跡を信じていますか?世界に溢れる、沢山の奇跡を」

男はますますわからなくなった。

「今、自分が生きてるのも奇跡です。自然がそこにあるように、僕の命も、貴方の命も。同じ奇跡です」

エスは自分の胸に手を当てた。

「命に差なんて無い」

世界に溢れる、沢山の奇跡。

「自然も命も、神がつくられたものでしょう?光を浴びて、青空を眺めて、水を感じると、その奇跡を実感する。命が有り難いと感じる」

求めればキリが無いから、自分の足元を見る。
そして知るのだ。
この命の有り難さを。
満たされる思いを。


もともと聖女様信者で乱暴な事は考えてなかった男は、有り難い説教のお礼とせめてものお詫びにサンドイッチを買った。
それを手に公園へ行き、二人で一緒にベンチに座った。

「やっぱり、外でたべると美味しいねぇ」

ピクニックみたいだと楽しそうなエスを見て、男に自然と笑みが生まれた。

「君が居たから、こうして気持ちのいい時間を過ごせてるんだね。ありがとう」
「でも…!オレがこんな事しなければ、お昼を食べそびれる事もなかったでしょう?」

何故感謝されるのか、その思考がわからなかった。
けれどエスはさらりと答えた。

「でも今楽しいのは事実だよ」

衝撃だった。

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あきゅろす。
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