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ドラゴン

浮上する意識が捉えたのは、男達の言い争う声だった。

「どうしてこんな手荒な事をしたんだ…!気絶させるなんて…っ」
「お前が連れてこいって言ったんだろ。俺たちゃやり方まで注文されてねぇ」
「相手は聖女様だぞ!?」

声の意味を考えるのに、少し時間が要った。

「まさか、ガキを置いただけでこんな簡単に誘い出せるとはな」
「さすが聖女様だ」
「ほら、さっさと金出せ!」

乱暴な音を立てて男達が出ていった後、歯を喰い縛った声が一つ毒づいた。


窓を閉めきり、カーテンが光を遮った部屋は薄暗くどんよりしている。
広くはないところだが三階だし、窓から公園の緑が見えるのが気に入った。
なのにいざ住んでみると、窓を開けて公園を眺める事はあまりなかった。
勉強ばかりしていたから。
聖女様ばかり見ていたから。

実在していたとはいえ、聖女エセルは歴史上の人物だ。
いくら勉強しても近づく事はできないし、その姿は絵画や彫刻でしか見られない。
けれど聖女は生まれ変わり、今、この世界に生きて、存在している。
同じ時間に生きているのだ。
それは奇跡的な事で、その奇跡に遭遇している事を感謝した。

性別の違いを感じないほど、綺麗な顔立ちをしていると男は思った。
生き写しだと言われるが、それは神々しい美しさだった。

聖女様がこの町に来ていると知って、会いたいという思いが暴走したのは認める。
連れてきてほしいと頼んだのは事実だ。
が、こんな荒々しい手段だとは思わなかった。
聖女様が会いに来てくれると思い込んでいて、強引にさらってくるなんて想像もしていなかった。

彫刻の様な麗しい人形が身動ぎ、苦しげに息が漏れる。
男はハッと息を呑み、はじめは右往左往していたが、澄んだ水色の虹彩が覗くと硬直した。

ベッドに横たわったまま動かない聖女様に、男は慌てて水をくんで持ってきた。

「あ、あの……水、水ですっ」

コップを近づけると、つ……と視線が動いて男を捉えた。
そしてそれが水へ移り、じっと見つめた後で身を起こそうとしたから男は手伝った。
背を支え、コップを口へ運ぶ。
こくりと嚥下する事さえ、彼が人として実際に生きているのだと実感させる。
溢れてあごに伝った水を恐る恐る拭い、再び横になってしまうと扇であおいだ。

自ら身を起こし座れるようになると、聖女は一切取り乱す事なく男と相対した。
清らかな泉の様な色が、静やかに男へ注がれる。
怒りも、悲しみも、動揺すら無い。
静寂の中表れたのは、少し困ったような微笑みだった。

「仲間が心配してるんだ。帰らせてはもらえないかな?」
「ダメだ!聖女様はここに居るんだ!」

終始おどおどと気を使っていた男が急に声を荒らげたのを見て、エスは気持ちを切り換えてパッと明るく笑った。

「それじゃあ、カーテンを開けていいかな?少し光を入れよう。窓も開けて、空気の入れかえをして。ね?」

男はぐっと構えて、頭を振った。

「逃げるんでしょう!」

じゃあ……とエスは少し考えて、男に両手を差し出した。

「じゃあ、縛る?」

虚を衝かれた男は狼狽え、とんでもないと両手を大きく振り断った。

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あきゅろす。
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