ドラゴン
3
浮上する意識が捉えたのは、男達の言い争う声だった。
「どうしてこんな手荒な事をしたんだ…!気絶させるなんて…っ」
「お前が連れてこいって言ったんだろ。俺たちゃやり方まで注文されてねぇ」
「相手は聖女様だぞ!?」
声の意味を考えるのに、少し時間が要った。
「まさか、ガキを置いただけでこんな簡単に誘い出せるとはな」
「さすが聖女様だ」
「ほら、さっさと金出せ!」
乱暴な音を立てて男達が出ていった後、歯を喰い縛った声が一つ毒づいた。
窓を閉めきり、カーテンが光を遮った部屋は薄暗くどんよりしている。
広くはないところだが三階だし、窓から公園の緑が見えるのが気に入った。
なのにいざ住んでみると、窓を開けて公園を眺める事はあまりなかった。
勉強ばかりしていたから。
聖女様ばかり見ていたから。
実在していたとはいえ、聖女エセルは歴史上の人物だ。
いくら勉強しても近づく事はできないし、その姿は絵画や彫刻でしか見られない。
けれど聖女は生まれ変わり、今、この世界に生きて、存在している。
同じ時間に生きているのだ。
それは奇跡的な事で、その奇跡に遭遇している事を感謝した。
性別の違いを感じないほど、綺麗な顔立ちをしていると男は思った。
生き写しだと言われるが、それは神々しい美しさだった。
聖女様がこの町に来ていると知って、会いたいという思いが暴走したのは認める。
連れてきてほしいと頼んだのは事実だ。
が、こんな荒々しい手段だとは思わなかった。
聖女様が会いに来てくれると思い込んでいて、強引にさらってくるなんて想像もしていなかった。
彫刻の様な麗しい人形が身動ぎ、苦しげに息が漏れる。
男はハッと息を呑み、はじめは右往左往していたが、澄んだ水色の虹彩が覗くと硬直した。
ベッドに横たわったまま動かない聖女様に、男は慌てて水をくんで持ってきた。
「あ、あの……水、水ですっ」
コップを近づけると、つ……と視線が動いて男を捉えた。
そしてそれが水へ移り、じっと見つめた後で身を起こそうとしたから男は手伝った。
背を支え、コップを口へ運ぶ。
こくりと嚥下する事さえ、彼が人として実際に生きているのだと実感させる。
溢れてあごに伝った水を恐る恐る拭い、再び横になってしまうと扇であおいだ。
自ら身を起こし座れるようになると、聖女は一切取り乱す事なく男と相対した。
清らかな泉の様な色が、静やかに男へ注がれる。
怒りも、悲しみも、動揺すら無い。
静寂の中表れたのは、少し困ったような微笑みだった。
「仲間が心配してるんだ。帰らせてはもらえないかな?」
「ダメだ!聖女様はここに居るんだ!」
終始おどおどと気を使っていた男が急に声を荒らげたのを見て、エスは気持ちを切り換えてパッと明るく笑った。
「それじゃあ、カーテンを開けていいかな?少し光を入れよう。窓も開けて、空気の入れかえをして。ね?」
男はぐっと構えて、頭を振った。
「逃げるんでしょう!」
じゃあ……とエスは少し考えて、男に両手を差し出した。
「じゃあ、縛る?」
虚を衝かれた男は狼狽え、とんでもないと両手を大きく振り断った。
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