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ドラゴン

何十年という歴史を持つそのレストランは比較的リーズナブルな店だったが、屋台や大衆的な食堂が多いエス達にとってはあまり縁の無い場所だった。
注文を終えた後、何気なく窓の外を眺めていたエスが突然立ち上がった。

「御子さま?」
「エス、何処に行く」

エスは外を指差した。

「うん、ちょっと」

通りの向こうに、一人で泣いてる少年が居た。
人通りは多いのに皆見て見ぬ振りをするばかりで、声をかけようとする者は居ない。

「本当にあの方は、清廉でらっしゃる」

エルは誇らしい気持ちで呟いた。
わざわざ道を渡り、鳴いている少年のもとへ歩いて行ったエスは、腰を屈め目線を合わせて話し掛けた。
一言、二言。
するとエスはリュウ達の方を見て、道の先を指して口をぱくぱく動かす。
面倒を見てやる事にしたのだろうと察したリュウは、手を上げて返事した。

「え……よろしいのですか?誰か着いていかなくても」

彼らが平然と送り出してしまう事にエルは戸惑い、慌てた。

「いいんだよ。アイツは子供を放っておけないから」
「だからって、一人でなんて…!」

焦って追いかけようとするのを止めるのもエルには理解できない。

「そういう人なんだよ、エスは」
「そっ。たまに一人でどっか出掛けるもん、ね?」

何故そんな風に構えていられるのか。
信じられない思いのエルに、リュウは言った。

「確かに多少危ない目にはあった事もあるが、護衛がある。それにエスが教団に聖女だと認定されても、俺達はこの生活を変えなかった。これまでそうやってこられた」

それでも安全だとは限らない。
それは青薔薇の使者の知らせを聞いたリュウ達もわかっている。
これまで大丈夫だったからといって、これからも大丈夫だとは限らない。
それでも。エスは彼らに大丈夫だと言い聞かせるのだ。

「信じるのは大事です。ですが……」
「わかってる」

リュウ達だって心配なのは一緒だ。
だけれどエスがそうさせないから仕方ない。

「今まで通りにするのがエスの望みなら仕方ない」

そう言われてしまうと、エルもそれ以上反論できなかった。
料理が運ばれてきてリュウ達が食べようとするのを見て、エルは慌てた。

「御子さまを待たなくていいんですか!?」

一人で人を助けに行ってるのに、食事くらい待ったっていいと思ったのだ。
けれどエスの意思を思って迷ったエルは、結局フォークを取ってしまった。


少年と歩きながら、お母さんとはぐれた場所を探してエスは静かな路地へ入った。
口数が減り、次第に少年がうつむき始めたのをエスは気付いていた。
けれどエスは知らん振りをした。

「この辺り?」

見上げた少年の顔は怯えていた。

「ごめんなさい……。ボク…っ」

口を塞ぐものが手だとわかったのは、人の声がしたからだった。
しまった。と思う間も無く羽交い締めにされ、軍手をした手が口元を塞ぐ。
声を上げるどころかまともに呼吸ができなくて、視界が揺らいで力が抜ける。

意識を手放す瞬間に思ったのは、少年の事だった。

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あきゅろす。
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