ドラゴン
第六話 spellbinder
差し入れならば受け取ってもらえると知ったエルは、手土産にお菓子を持って現れた。
それもいきなりホテルの部屋に。
挨拶は丁寧で腰が低く、特にエスに対しては賛美の言葉を惜しまない。
ベッドの端に座るエスの前に跪き、身振り手振りを加え生き生きと語る。
「初めてお会いした時も清麗なお方だと思いましたが、改めてお会いしても変わらず魅力的でらっしゃる!その寛大な心で、再びお目にかかる事を許してくださった事に感謝申し上げます!」
周りで聞いている方にとっては、よくそこまでするすると言葉が出るものだと感心すらする。
が、エスはといえば面倒な顔も不快な素振りも見せず。
かといって真に受けて浮かれる事も無い。
私情の窺えない優美な微笑で、人の好意を受け入れるだけだ。
何か困っている事はないか。足らない物はないかと聞かれても、その気持ちをありがたく受け取るだけでやんわり断る。
そんなところに黒蝶が来たものだから、リュウ達はエルが対抗意識を燃やすのではと不安になったが、二人は友好的に挨拶をはじめた。
「どうもお初にお目にかかります。ワタクシ事情により正体を明かす事は出来ないんですが、決して怪しい者ではないと誓って言えます。どうぞご安心を」
エスを“御子さま”と呼ぶ彼が“誓う”という言葉を使う事に意味合いをリュウは感じた。
けれどまだ用心して、警戒心を持っている。
「あ、これはこれはどうもご丁寧に。僕はエスさん達と同業で、便利屋をしている黒蝶という者です」
「お仕事関係の方ですか。御子さまがお世話になっております。と、ワタクシが言うのもおかしな話ですが」
「いえいえ。こちらこそお世話になってます」
そのまま二人は仕事の話をしだして、黒蝶に名前を貸すかわりに仕事をまわしてもらっている関係だという話題も出た。
リュウは、黒蝶とのその関係がエルの
嫉妬や対抗意識を生むのではないかと心配していたのだ。
しかしエルはむしろ感謝して礼を述べた。
けれどエルは再びエスの前に跪くと、悲しげに首を振った。
「御子さまは何故このような生活をなさるのですか?いいえ。何故、好まれるのですか?」
エス達や黒蝶の仕事を否定する意図は無い。
だから言葉を選び直したのを察して、エスはにこりと笑んだ。
エルもそれが伝わったのだとわかりホッとした。
「もっとお金を受け取るべきだとか、貢ぎ物を欲しがれとはもう言いません。けれどワタクシは、御子さまはもっと恵まれるべきでは?と思ってしまうのです」
教会の屋根を借りたり、節制した生活を強いられる状況を心苦しく思っているのだ。
エスはゆっくり頷いて、その気持ちを受け止めた。
「ありがとう。だけど僕には、目的があるから」
エスはそっと、エルの膝に触れた。
「僕は、龍神の力を与えられた器に過ぎない。能力(ちから)によって得たものは、後からついてきたものだ」
そう言って、指先が胸元の宝石へ移る。
「何も持ってないところから旅に出て、最初からこの生活だったんだ。能力(ちから)を得たからってそれを変えたくない。今のままでも、十分人を助ける事は出来る」
エルは残念だったが、納得してもいた。
「やはりそれこそが、聖女様と言われる理由なのでしょう。だからこそ人々は貴方に惹かれ、貴方を助けたいと思わせるのでしょうね」
エスはちょこんと首を傾げ、聞いてもいいか迷いながら口にした。
「ご主人…様も……?」
一瞬瞠目したが、エルはしっかり頷いた。
仕事の話を終え黒蝶が帰っても、エルはまだ部屋に入り浸っていた。
それもエスのそばにべったりとついている事が多く、邪魔じゃないのかと周りの方が鬱陶しく思う。
「今日はお昼どうしよっかぁ?」
誰かが答えるより先に、エルがハイ!と手を上げた。
「御子さまのお側に居させてもらうのですから、今日はご馳走させてください。それくらいなら、ね?」
「え、いいの!?」
反応してしまったハルをアキアが小突いて黙らせたが、エスはふっと笑ってリュウと目配せした。
アキアとハルは二人の顔を交互に窺い、リュウが仕方ないと承知すると喜んだ。
「それでは、お二人の好きなものにしましょうか」
アキアとハルに喜んでもらえて嬉しかったのと、エスにもそうする事で喜んでもらえるだろうとエルは思った。
するとエスは声を弾ませた。
「そう。それがいいね。そうしよう」
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