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ドラゴン

「な、何なの……?エスの何を知ったらいけないの?」
「青薔薇が何からエスを守ってるって言うんだよ。異教の弾圧はもう無いし、聖女様はエルダイムで人気あるじゃん!」

エスの虹彩の水色が、冷たく二人を見据えた。

「僕は言ったね?君達に何かあった時、僕に出来る事は少ない。だから気をつけなさい、と」

もう柔和な表情も、優しく漂う空気も無かった。
アキアとハルは、凍りついて耳を傾けるのでやっとだった。

「君達に何か起こる時は、僕がそばに居ないって事だよ。出来る事が少ないからって、僕が何もせず君達を危険にさらすと思うかい?」

ふと浮かべられた笑みにさえ、優しい温もりは無い。

「僕は君達を任されたんだ。何があっても守ろうと思ってる。君達が何て思ってもね。それが責任だ」

エスから温度が無くなると、ふぅっと息をつく事でも恐くなる。

「僕が十字架に磔にされる時、君達は横に並んでほしくない。だからせめて、君達は僕の被害者であってほしい。そう思ってはいけないかい?」

二人は耳を疑った。

「エルダイム国民の被害者なら、太陽の裁きから免れられる。茨の蔦に絡めとられて、逃げられなくならなければ、ね」

言葉が何を暗示しているか、わからないわけがなかった。
だってもう何年もエスと共に居るのだ。

十字架は太陽信仰の象徴。
薔薇は他でもない……。

「だって……。だって、だって…!」

ハルは涙ぐみながら、信じられない思いでそれにすがった。
そんな事が起こるわけがない。
だって。

「太陽の教会に泊まったじゃん!今まで沢山行ったし、エスは法衣だって着たんじゃない!中には差別する人も居たけど、信徒の人も、聖職者だってよくしてくれたのに…!」
「お世話になったっていう神父様は?そうなりたいって言ってたよね?いつから?いつから“そう”って知ってたの!?誰が…!何で!?」

エスは悲しげに笑み、また息をついた。

「太陽はどうも、青薔薇には注がれないらしい。あり得ない不自然な青い薔薇は、昔から枯れるように動いてるから」
「昔からって……」
「それじゃあ、あの邪悪なドラゴンっていうのは……」

エルダイムでドラゴンは邪悪な存在。
異教の神は悪なのだ。
そして青薔薇はその龍神の御子。

「『十字騎士団が動いてます。どうぞお気をつけて』あの使者はそう言ったんだよ。青い薔薇を摘み取りに、太陽の教団の騎士達が動き出してるとね」

そう言われて、エスは何故笑って居られたのか。
何故笑って、何も無かったようにケーキをきれいなんて言えたのか。
アキアとハルにはその心境がわからなかった。

「僕は、本当に昔から狙われてきたんだ。リュウも半分ガルドの人だし、僕達はもう運命共同体なんだよ」
「狙われるようになって、エスは最初『リュウは半分エルダイムの人だから、捕まった時に“コイツなんて知らない”って言えば助かる』って言った」

新たな約束。
あの時もエスはそうだった。

「お前らと同じように、俺もその時頭にきて怒った。一人で死ぬ気か、と。俺達は友達だと思ってたし、何より約束があったから」

アキアとハルと、同じだった。

「だけどエスは、自分のせいで誰かを死なすのが辛いと思ってた。だから追い詰められた。人の命を背負うのが恐かったんだ」

泣きじゃくっていた、小さな子。

「万が一捕まった時も、俺がエスを殺せば俺は助かるとエスは考えた。だからエスは、その時は殺せと言った」

生かすための方便が、エスを助けてくれたのに。
自分が助かるためにエスを殺す約束なんてできない。

「俺は最初の約束の時から、エスを殺すつもりなんて無い。だから俺はエスを“生かすために”約束をしたんだ」

重圧から少しでも解放してやれるなら。
残酷な約束にだって乗ってやる。

「エスを助けるなら、一緒に死ぬ覚悟なんて安い。青薔薇が磔になる時は、俺も横に並んでやる。最後に“コイツなんて知らない”って酷い事を言って、エスを一人にさせて死なせたくない。最初の約束通り、死ぬなら一緒だ」

そう言うと、エスは折れて約束してくれたのだ。
その時は一緒だ、と。

「アキアとハルには、僕と一緒に死ぬ事も、僕を殺す事もさせたくはない。君達なら、生きていく事ができる」
「嘘をつかせるくらいはするだろうがな」

二人は運命共同体だ。
なら。
なら、アキアとハルは。

「君達は、僕達の希望だ。青薔薇の信徒に、僕達の記憶を伝えてもらえる。僕達の事を憶えててもらえる」

エスはにっこりと、優しい微笑を浮かべていた。

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