ドラゴン
第五話 薔薇の磔刑
リュウが最初に会った頃のエスは体力が無く、他の子供達と同じように走り回ったり出来なかった。
何処か悪いのかと思い医者にみせたが、単なる運動不足だった。
栄養状態はよく、健康体で、体に傷やアザも無い事から虐待は無かっただろうとされた。
大きな宝石を持っていた事から都会のお坊っちゃんじゃないかと冗談混じりに言われていたが、それが真実味を帯びたのはまもなく。
宝石がガルドストーンだとわかったのだ。
これが本当にエスの持ち物だったのなら、ただのお坊っちゃんでは済まない。
この石は宗教的にも意味を持つものだとされているが、エルダイムでそうならガルドはよりその色が強い。
だからこそなかなか国外へ多く流出させないのだ。
そうしてますます、エスが特別な出自である可能性は濃くなっていた。
そして今回のエルの接触だ。
ところで。と、エルは両手を広げて語り出した。
それは嬉しそうに。
「ワタクシ……感激しました!御子さまがこのように愛に溢れ、素晴らしいお方だと主人が知れば何て思うでしょう!」
きらきらしい空気を振り撒いて、エルはその感動を訴える。
「子供に接する時の慈愛に満ちた表情!ご自身の疲れや苦労を微塵も悟らせぬ気丈さ!聖女としての使命感!いえ!やろうと思って出来る事ではありません。それこそ御子さまの資質!能力だけでなく、その崇高な精神があったからこそ人々に聖女だと認められたのです!」
身振り手振りで、熱く演説を繰り広げる。
「御子さまは聡明で、清廉な方。信心が篤く、清貧・奉仕を実践なさって、驕らず、素直で、優しく静やかで上品!それでいて時にあどけなく純真で、そして情が深くかつ繊細。動作一つにもその優雅さが滲み、相貌にそのお人柄が表れています!清水の如き美しさとはこの事ッ!さすが御子さまでらっしゃる!水龍に愛されし我らが御子よ!これぞ御子さま!」
アキアはあんぐりと口を開け、ハルは感心して見ていた。
「龍神の寵愛を受けた御子さまが我らの元へ降臨されたというのに…!我々は一体何を御子さまにお返しできるでしょう!?最早金銭の献上など即物的で卑しい事と知りつつも、我々には他に供物とするべき物が無かった……。だからどうか、この無礼な申し出をお許しください。我々にとって、御子さまとはそれほど偉大で尊ぶべきお方なのです!」
「大袈裟だよ。ね?」
エスは微笑のまま言い、リュウに同意を求めた。
けれどリュウは頷かなかった。
そしてエスはくりっとエルへ顔を向け、ちょこんと首を傾げた。
「あれ?エル、何処から何処まで見てたの?」
「勿論!すべて、です。ですからどうかせめて我々に、御子さまをお側で見守る事だけでもお許しください。主人に御子さまのご様子を報告したいのです!」
アキアとハルは心の中で彼をストーカーに認定した。
「うーん。まぁ、いいよね?」
そういう訳で、エルはエス公認のストーカー……否。信奉者になった。
歩道から何気なく公園内へ目をやったエスは、それを見つけて子供の様に声を上げた。
「あっ。ねぇねぇ、ちょっと寄っていいかなぁ?ほら!」
指差した先には噴水があり、日差しにきらきらと水が輝いている。
フッと片頬で笑んだリュウが頷くのを見ると、エスはパッと笑顔を咲かせて走っていった。
「まったく……」
この無邪気さはいくら成長しても変わらない。
人の好意は嬉しがるくせに、金銭や過ぎた献上品は貰わない。
人を疑わず素直に受け入れるくせに、賛美に酔いしれ自惚れる事は無い。
エルが言った通り、それは聖女だから自戒している以前に、エス自身が持つ資質なのかもしれない。
水を覗き込んだり、降る水に手を伸ばして触れようとしたりと、エスは楽しそうに遊んでいる。
「ねぇ、ちょっと水を動かしてみてよ」
「やめろよ、ハル。気安く遊びに使っていいもんじゃないだろ?」
アキアはハルを小突いた。
けれどエスはさらりと我儘を受け入れて、噴水に向けた人差し指をくるくると動かした。
流れる水が切り裂かれるように割れたかと思えば、水面をぴちゃぴちゃと水の魚が跳ねていく。
「わぁー!すごーい!」
「おーっ」
アキアも思わずハルと共に見入って感激してしまった。
そんな二人を見てエスはふふっと笑い、リュウは苦笑した。
「こら、お前ら。エスで遊ぶな」
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