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ドラゴン

「えーと、エル?」

エスは胸の前で手を合わせ、ちょこんと首を傾げた。
そのいささか子供染みた仕草に戸惑ったのか、エルの瞳が揺れたのがわかった。

「貴方は……失礼だけど、どういった人なの?」

不審も警戒も無く、問いは無邪気でただ純粋だった。

「ホテルのフロントは青薔薇の教団の使者だと思ったようだけど」

エルは再度深々と礼をした。

「申し訳ありません、御子さま。お力になる為、適切な身分を名乗らねばならなかったのです」

また、エスの許しが出るまで彼は決して頭を上げなかった。

「違うのはわかったけど、じゃあだぁれ?」

エスが幼い言い回しをすると、エルはパチパチと瞬きをして驚きを滲ませた。
正直リュウ達も、聖女様の顔でない無防備なエス自身の振る舞いを見せている事に驚きと戸惑いを感じていた。
相手が丁寧で礼儀正しく、攻撃性が無い安全な人物だと思ったからか。
援助をしてくれるほどの信者ならば聖女らしく振る舞うと思うのだが、エスはとてもリラックスしていた。

「是非とも御子さまの後援者になりたいとの主人の強い要望により使わされました。事情によりまだ我々の素性は明かせません。お許しください」

彼の過ぎるほど丁寧な振る舞いは仕える立場だからなのだと合点がいった。

「有り難い申し出だけど、受ける理由が無さそうだよ。教団からの援助も断ってるし、個人的に金銭や高価な物品も貰わないようにしてるから」
「それは信仰が理由でしょうか?立場上であれば、ご迷惑をお掛けしないようにしますから。どうしても無理でしょうか?」

エルは力強く訴え、エスが首を振っても引き下がらなかった。

「決して…!決して悪いようにはしません。誓って悪意などありません。主人は時が来たら必ず直接お会いします」
「言えない言えないばかりでは信用できない。それにまだ、本当にその主人とやらが存在するかもわからんだろう」

刺々しい言い方を、エスはリュウの名を呼んでいさめた。

「おっしゃる通り。ですがわかっていただきたいのは、我々は人々が言うところの『聖女様』を見てお力になりたいと思ったわけではないという事」
「それはどういう……」

リュウは思わず口を挟んだ。

「御子さまにはもっと相応しい名が、いえ。名前だけではない。しかるべきお立場がある。我々はそれをもどかしく、悔しい思いで見ている」

エスは顔色を変えなかったが、リュウ達はバクバクと心拍数が上がるのを自覚した。
確かに便利屋をして各地を転々とする生活は安定していないし、教会の屋根を借りる事だってある。
けれどそれでもエスは『聖女』なのだ。
『龍神の御子』である女神ローズが持つ奇跡の力を持ち、聖女エセルの生まれ変わりとも言われる存在。
教団が正式に認めた、神聖で崇高な存在だ。
それよりももっと相応しい立場とは?
現状をもどかしく、悔しく思うほど何が。それ以上に一体何があるというのか。

「エスが本来どういう立場であるべきだと?それにさっきから『御子さま』とは……」

言って、リュウはハッとした。
『龍神の御子』という異称を引用しているだけだと思っていたが、それが違った意味だったら……?
『御子』とは本来、子供という意味だ。
彼は異称に引っ掛けて、明かされない真実を匂わせているのではないか。
そう。そして、彼の髪はガルド人特有の青系。藤色だ。

「主人の素性に触れる事は言えません。が、ワタクシは道化。主人の傀儡。ワタクシがする事、ワタクシの言葉は主人のもの」

つまり、エル自身が主人のヒントになる。
彼が分かりやすく存在を気付かせ、目の前に現れて言葉を交わしているのは、彼らなりの真実への譲歩なわけだ。

「ワタクシは御子さまを見ておりました。そして主人が決断された。今の時点で出来る限りの事をしたい、するべきだと。御子さまはそうされるべきお方。それがこの申し出の理由。動機。ですから御子さまが断られても、我々は出来る限りで御子さまに尽します」

エスがガルドの血を引いているだろう事はわかっている。
エルの主人がエスの親族、またはエスの素性を知る人物ならば、エルダイムではガルドの為に堂々とは動きづらい。
ましてや相手はエルダイムで注目される聖女様だ。

エスは最初から彼の髪が本物だと思っていたのだろうか?
彼がガルドの血を引いていると思っていたから、だから警戒せず聖女らしくもしなかったのか。

普段がふわふわしてのんきな人だから油断しているが、リュウ達はそこに鋭い洞察力を見た。

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あきゅろす。
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