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ドラゴン

動揺も戸惑いも無いリュウを見て、アキアとハルは、リュウがそれさえ把握していたのだと察した。

「約束をそうやって利用してるって、リュウもわかってたと思う。僕は……本当に……。いつでもリュウが殺してくれるって、半分本気で考えてたから」

沈黙は肯定だ。

「それから生きていく内に、色んな人と出会って……学んで……。感謝した。だから僕は応えたくて、こうして皆の為になれる事をして生きようと思った。皆が“僕”をつくってくれたから」

怒鳴り込んできた男に言ったのは本心なのだ。
だからリュウは時々不安になる。
人々に与えられ、構築された自分自身を、人々の為に投げ出してしまわないかと。

「それに今はね、もうこのままでもいいんじゃないか?って考えてるんだ」

明るく、にこやかに。
エスは語った。

「いくら調べても、本当の自分には辿り着かないし。これで随分生きてきた。今の自分で生きる事が、楽しいんだよ。皆がつくってくれた“僕”で、皆の為に役立つ仕事をして生きるのがね」

さらりと、言いきる。
そしてエスは悲しげに顔を曇らせた。

「ごめんね。がっかりしただろう……?君達を偉そうに助けたやつがこんなんで」

ハルは涙ぐみながら、ぶんぶんと首を振った。
アキアはうつむいて謝った。

「ごめん。何も知らないのに、知ったかぶりして酷い事言った」
「謝ることないよ。君達は、僕を思って怒ってくれて、傷付いてくれた。過去の事も、話さなかった僕達の責任だ。ごめんね」

アキアは首を振って、リュウにも謝った。
そして情けない、と反省した。

「俺は宗教の教えでエスが『死んじゃいけない』とか『命を粗末にするな』って言ってるんだと思ってた。でも、そういう過去の経験とか実感から言ってたことだったんだって、やっと気付いた。きちんと生死に向き合った人だから、その言葉が届いたのかもしれないって」

エスの隣に座ったハルは、何も言わずにぱふっと抱きついた。
エスはその頭を撫で、アキアにも手を差し伸べた。
そしてアキアが手をとると引き寄せて、同じように頭を撫でた。


エスがリュウに目的を与え、生きる使命をつくったように。
エスがアキアとハルを救い、平穏な日常を与えたように。
三人もエスを支え、守りたいと思っている。

明るくのんきで、無邪気な子供の様でいて、その実、とても繊細な人だから。
澄んだ水の様に、透き通った無垢な心を持つ人だから。
エスが澄みきった水のままで居られるように。
きらきらと輝いて居られるように。


エスは、朝と寝る前の二回のお祈りを欠かさない。
祈りを捧げている時は神聖な空気が漂っていて、最初はアキアとハルは普段と聖女様とのギャップに戸惑っていた。
見慣れてきてからもその神聖さは近寄りがたく、触れてはいけないように感じていた。
二人から見るとリュウはいつも関心が無さそうで、聖女を軽んじているようにすら感じていた。
けれどそうではなかったのだ。
リュウは、聖女という上辺だけの顔を見ていない。
エスという人間そのものをを見ていて、その一部である聖女という顔を尊重こそすれ、崇拝する事は無い。
だから、一緒に生活していたのにアキアとハルがそこに気付かなかった事にリュウは落胆したのだ。
二人がエス自身を見ていなかった事を。

祈りを終えたエスの口に、リュウが剥いたオレンジを入れた。
アキアとハルは少し驚いたが、その親しさが二人が気が置けない関係であると示していた。

「聖女様にあげてくれって貰ったやつだ」

その奥まで見ているから、リュウの言う聖女様という言葉が軽く聞こえるのは当然だ。

「へぇ。美味しいねぇ」

ほわほわと嬉しそうに笑うあどけない素顔が微笑ましい。
何故、見ていたのに気付かなかったのか。
聖女様をそんなに恐れ、崇めたのか。
それはエスが二人の救世主だったからだ。
そしてこれからはもっと近く、本当の仲間の様になっていけると二人は感じた。

「エスしか食べちゃダメなの?」
「僕にもちょーだーい!」


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あきゅろす。
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