ドラゴン 2 キャメル色の角張ったキャリートランクが、エスの荷物のすべてだ。 数日の旅行の荷物ではなく、これがエスにとって全財産なのだ。 もともとガルドストーンしか持ってなかったのだから、そう考えると増えたように思う。 聖女エセルが着ていたケープ付きのワンピースが聖職者の法衣に見えたように、エスが着るローブも人々の目にはそう映る。 更にケープ付きのコートさえ、聖女エセルを彷彿とさせた。 「待て。エス、フードの方にしないか?」 パレードに行く準備をしている時だった。 普段はフードの付いてないコートを着ているので、リュウが別のフード付きのを着ないかと言ったのだ。 「え?あ、そう……」 エスはその意図がわかってなかったが、疑問も反発も抱かず素直にそれに従った。 「髪が目立つから、せめてかぶっておけ」 ガルド人特有の髪色である紫は人工的に再現出来てしまうので、天然か否か判断が難しい。 しかしその輝く水色は人工的なものと比べるまでもなく美しく、天然とそうでないものの差がはっきりしている。 よって、この色は神聖さの象徴でもあった。 「僕達は平気だね」 ハルのくせっ毛はダークブラウンで、アキアは赤毛だった。 それらはエルダイムで一般的な色だ。 「パレードなんだから、あのピエロのマスクかぶったら?今度は違和感無いよ」 「そうだよ!」 アキアの提案にハルも賛同したが、当の本人が首を振った。 「アレ視界が狭いから嫌。ちゃんと見たいんだよ」 確かに。美術館に行った時も、目的の絵画や彫刻を見る時にちょこちょこ顔を出していた。 リュウ達は息苦しいからだと思っていたから、なるほどと納得した。 歩道には何重にも人が並び、通りに面した建物の窓にも人が溢れていた。 エスはハルと一緒になって子供の様にそれを見上げたり、きょろきょろと落ち着きなく見回した。 アキアとハルは、なるべくいい場所で見ようと人混みに入っていった。 エスはその人混みの後ろで離れて立っていて、リュウもそれに付き添った。 遠くから賑やかな音楽と歓声が聞こえ始め、それが徐々に近づいてくる。 派手に着飾った出演者達がパフォーマンスをしながら沿道に手を振り、ピエロが戯けながらチラシを配っていく。 エスは楽しそうに笑い、傍らのリュウを見上げた。 そこにはエスを見守るような優しい眼差しがあって、二人は共にパレードの雰囲気を楽しんだ。 ゆっくり進むオープンカーの後ろからは大きなやぐらがついてきていて、その上で火を吹くパフォーマンスをしてまた歓声が上がった。 しかしその歓声はどよめきに変わり、そしてすぐに悲鳴に変わった。 「火が…!」 先程のパフォーマンスの火が、やぐらを飾り付けた布に燃え移っている。 乗っている人は急いで叩いて消そうとするが、火が回るのが早く、あっという間に勢いが増していく。 考えるよりも先に、エスは反射的に走っていた。 「エス!」 フードが脱げ人とぶつかっても構っていられず、袖をまくりながら叫ぶ。 「リュウ!水は何処!?」 大量の水を一気に出現させるには間が無い。 「そこだ!」 リュウはカフェに飛び込み、火事だと言って蛇口を全開にしてもらった。 店員はバケツを用意していたが、それよりも早くエスがそれを運んでしまった。 ザァッと浮かび上がった水は、燃えるやぐらへ飛んでいく。 大きな音と共に水蒸気があがり、火が消えてやぐらがずぶ濡れになるまでそれは続いた。 驚愕の光景に誰もが目を疑い、言葉を失ったが、その人を見つけるとじわじわとざわめきが広がっていった。 白いコートがふわふわとはためいて、水色の髪がなびく。 コートの下からは青白い光が溢れていた。 「リュウ!もういいよ!」 かざしていた手を下ろすとそれらはおさまり、エスはのんびりと乱れた服を整えだした。 「ったく、非常時とはいえ……」 派手な事をしてしまった。と、リュウはぼやいてエスにフードをかぶせた。 「行くぞ」 「わぁっ。待って!」 ボヤ騒ぎで混乱している間に、逃げるようにその場を立ち去った。 [*前へ][次へ#] |