ドラゴン 5 エスが手を引いて発光がおさまると、館長は目を丸くして震える手でエスの胸元を指さした。 「せっ、聖女様……」 「あぁ、申し訳ない。こちらも反応してしまって。驚かせてしまいましたね」 聖女様のやわらかな微笑を浮かべたエスは、右手で胸元を押さえた。 聖女エセルはケープ付きのワンピースを着ていて、絵画や彫刻でもその姿で表現される事が多い。 エスもケープ付きのコートを好んで着ていて、白いインバネスコートがトレードマークになっている。 コートの襟をくつろげチェーンを引っ張ると、そこからごろりと大きな宝石が現れた。 館長達は息をのみ、普通ではあり得ない大きさのそれを見た。 「素晴らしい…!」 上部の平らなテーブルの部分に「S」と刻印されている。 それが見えるように固定された金具に銀のチェーンが通る。 エスはしばらくはガルドストーンをそのまま持っていたが、それじゃあ無くしやすいだろうと説得されネックレスにしたのだ。 「こういうガルドストーンを他に見た事がありませんか?」 「いいえ。これほどの物は普通出回りませんよ。他の宝石の類とは重みが違いますから。お分かりでしょうが、このサイズともなると……それこそ聖女様でない限り、持っているだけで冒涜とされます」 館長は声を低くして、慎重に言葉を発した。 「昔から女神の信徒は、太陽の信徒の次に多いですから。古代のフェルウォーレスがエルダイムの一部になり、フォールスとなる長い歴史の中で、国民はそれを学び、改め、守ってきました。異教でも、信仰する心は一緒です」 弾圧の歴史から、人々は学んだはずだ。 宗教が解放されて、理解が進み、異教の文化や芸術で観光が成り立つほどに。 エスはにっこりと笑みを浮かべ、胸の前で祈るように指を組んだ。 「ありがとう」 普通ではあり得ない物を持っていた事こそが奇跡だと、神の御子である証拠だと人々は言った。 けれどエスは知りたかったのだ。 自分が誰で、何処から来たのか。 それにはこの髪の色と、ガルドストーンしか手がかりがなかった。 けれど知れば知るほど、そして時間を経るほどに、すべては女神ローズと聖女エセルに繋がった。 今でも真実を知れたらと願うけれども、最近では「何が何でも、絶対に」という強い思いは無くなってきてしまっている。 諦念。 リュウは、「エスがしたいようにすればいい」と言う。 もともと両親の事は何となく聞いて知っていたし、勝手に面倒をみだして旅にもくっついていくと決めたのも、リュウ自身がしたかったからだ。 リュウはいつも、エスの幸せを願い、望みが叶うように祈ってきた。 だから、エスが他に目的を見つければ、それを応援し支えるだけだ。 コートをふわりとなびかせて関係者入り口から出ると、いつの間にか聞きつけて集まった人達の歓声に出迎えられた。 「聖女様!」 「青薔薇様!」 ぎゅうぎゅう押し合い、握手を求め必死に手をのばす者が居たり、花束を渡そうと潰れないように抱えている者が居たり。 エスは嫌な顔も困った顔も一切見せずに、にこやかにそれに応えていく。 増える荷物を預かるのはリュウ達の役目だ。 「ありがとう。ありがとう」 求められれば、一人一人に微笑を向け対応する。 担ぎ上げられる様に、群集から押し出される様に、意思に反して注目され聖女様として知られてしまった。 エスはもう私人ではなく、下りる事の許されない公人なのだ。 その苦労と重責を少しでも軽く、少しでも楽になってほしいと願うリュウ達は、エスの為に尽す事をいとわない。 祈ってほしいと求める人に応え、エスは目を瞑り指を組んだ。 すると周りの数人もエスの前で膝をつき、そうでない人もその場で目を瞑った。 「ありがとうございます!」 代わる代わる押し寄せる人に応えていたエスは、ハッと息をのみ手をのばした。 「待って、押さないで」 聖女様の微笑は消え、エスは慌てて声を上げる。 リュウ達はエスに何事か起きたのかと警戒した。 が、エスが見ていたのは違った。 「子供が…!赤ちゃんが潰れてしまう…!」 母親に抱えられた赤ん坊が、人混みに揉まれ泣いていた。 エスが声をかけると人々が避けてさっと空間が出来、母親は何度も礼を言った。 エスはまたにっこりと微笑を浮かべると、優しい指先で赤ん坊の頬を撫でた。 [*前へ][次へ#] |