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ドラゴン
第一話 記憶の始まり、始まりの記憶
ゆるやかな風が、水色に輝く髪をさらさらと揺らす。
町を臨む緑の小高い丘で、その少年は眠っていた。
りんごの木がつくる影の中で手足を縮め、猫の様に丸くなって寝息をたてる。

さくさくと草を踏む足音にも目を覚まさず、少年に気づいた足音が目の前へやって来てもまだ眠っていた。
薄青の服を一枚着ているだけで、他に荷物も無ければ靴さえはいていない。
なのに足は綺麗で、傷も無ければ汚れてもいない。

発見者は周りを見回した。
近くにはいてきたらしい靴は転がっていないようだ。
草地を通れば足を汚さずともここへは来れるが、耕作地の多いフォールスでは裸足で歩けばすぐに真っ黒だ。
町では見ないこの少年を連れてきた大人が居ると思い、発見者は保護者が戻るまでそばへ座って待ってやる事にした。

風になびいてきらきらと輝く水色の髪が珍しくて、眺めるだけでいられなくなった発見者は、その一房を手にとってつるりと撫でた。
少年は身動いだが、まだ目を覚まさない。
祖父の畑仕事を手伝っている発見者とは違い、少年の肌は白くなめらかで、手足は細く筋肉もついてない。
地方の田舎であるフォールスは農家が多く、子供は幼い頃から家の手伝いをさせられる。
そうじゃなくたって駆け回って遊んでいれば自然と健康的な体つきになる。
町の女の子にだってこんなに華奢で小さく色白の子は居ない。
都会の金持ちの家の子かと思ったが、薄いぺらぺらの服一枚しかまとっていない。
膝丈くらいまではあるようだが袖が短く、風が吹き抜ける丘の上では寒そうだ。
きゅっと縮めた腕に触れて発見者は驚いた。
手足の先が冷えて、体がかすかに震えていたのだ。

「おい。おい、起きろ」

細い肩を掴んで揺さぶると、胸元からころんと何かが転がり落ちた。
水色に透き通った、とても大きな宝石だった。
金持ちの家の子かもしれないとはいえ、自分よりも小さな子供が本物を持っているわけがないと思った。
手のひらほどもある、ごろっと大きな宝石は現実味が無く、おもちゃに見えたのだ。

「おいっ」

髪が風に煽られ、小さな顔があらわになる。

「ん……」

ぷるんと潤った艶やかな口唇も、震える長い睫毛も、とても少年のものとは思えない。
身を起こし、目を擦る仕草はとても幼い。

「おい、大丈夫か?」

大きな目と視線がぶつかると、思わずハッと息をのんだ。
虹彩がとても綺麗な水色で、少年の宝石を思わせたからだ。

「……だれ?」

水色の目は、紫の髪の少年を映した。

「……リュウ」

リュウが名乗ると、少年は小さくそれを口に出した。

「大人は?ここに迎えに来るのか?靴は?」
「おむかえ……」

少年は不思議そうに首をかしげ、大きな目でリュウを見上げた。

「そう、お迎え」
「来るって言った。ここで待っててって」

リュウと年はいくつも離れてなさそうなのに、喋り方が拙く非常に幼い印象だ。

「何時に来るって言った?もうすぐ昼飯の時間だから、もう来るんだろ?」
「なんじ……?」

見た事がない、人形の様に綺麗な少年だと思った。
澄んだ目を見ていると言葉を忘れて見入ってしまいそうだった。

「待ってろって言われたんだろ?何時に来るって言われた?」
「来るって言った。だから、ここで待っててって言ってた」
「うん。だから。誰に言われたんだよ。何時に戻るって言われただろ?昼飯には戻るって言われなかったのか?お前飯も金も持ってないだろ」

少年はきょとんとリュウを見上げるばかりで、さっぱり答えない。

「あー……。じゃあ、名前は?どっから来た」
「……リュウ」
「それは俺の名前だろ。お前の名前だよ。何処の、誰なんだ?」

少年は意味がわからないという顔をしている。

「ここで待っててって言った。むかえに来るって言った」
「聞いたよ!だから、それを誰に言われたかって聞いてるんだよ!」

眉が不安げにきゅっと寄り、初めて、綺麗な人形に感情が見えた。

「人が迎えに来るなら、大丈夫なんだな?一人でも平気なんだな?」

ろくに会話も成り立たないのに一人で置いて行って、連れてきた大人は心配じゃないのかと腹が立った。

「リュウ……は、“オレ”の名前……。“お前”の名前……おむかえの名前……」

リュウは不安を覚え、一度立ち上がったがまた膝を突いて少年に向き合った。

「お前、何歳だ?年、いくつ?」

視線を合わせ、もっと幼い子供に話すようにゆっくり喋った。
発達が遅れた子供かもしれないと思ったのだ。

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